恋愛境界線

普段は温厚な蓮井さんでも、今回の件を説明すればさすがに怒るに違いなくて、それどころか、訴訟問題にまで発展してもおかしくないのでは……?と、刻一刻と緊張が高まってゆく。


半ば、追い返されるのを覚悟で課長と一緒に謝りに行ったのだけれど――。


予想を裏切り、蓮井さんは肩を下げて力なく笑うだけで、最後まで怒ったり、不機嫌そうな素振りは全く見せなかった。


大事な作品だから、正直すごく頭にきてるし、悔しいけれど、それは私たちに対してではないからと、こちらを気遣う様な言葉をかけてくれた。


その上、今回の仕事のお蔭で、以前の調子を取り戻せたから私たちには感謝をしている、とまで言ってもらえた。


表面上は余りショックを受けている様子ではなかったけれど、だからといって本当にそうであるわけがない。


私でさえこんなに悔しいのだから、生みの親である蓮井さんにしてみれば、きっと私が思う以上に悔しいはずで。


だけど、そういった感情を表に出さない蓮井さんの様な人は、心の中ではその分余計に、私には推し量れないくらい、沢山の感情がひしめきあっているのかもしれないと思った。


話が一段落すると、「ずっと不調続きだった分、今は仕事がいくつか立て込んでいるから……」と、申し訳なさそうに切り出された。


きっと、今は早く一人になりたいのだろうと、若宮課長と私は早々に蓮井さんの事務所を後にした。

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