恋愛境界線
けれど、ほんの少しの間だけ身体を伸ばそうと立ち上がった瞬間、ドアが開いた。
驚き、反射的にしゃがみ込む。
誰かが、忘れ物をして戻って来たのかもと思ったけれど、こんな薄暗い室内で探し物なんて出来るはずもない。
同じ部署の人間ならば堂々と室内の電気を点けるはずのところを、そうはせずにいることから緊張が増す。
多分――きっと、例の人物だ。
そう思って、スマホを手にしたまま、その場で息を潜め足音に耳を凝らす。
その人物は私のデスクの前で足を止めると、PCの電源を入れた。
微かな起動音が聞こえ、ディスプレイから光が漏れる。
その後、パスワードの入力画面が表示されたのか、カタカタとキーボードのタイピング音が静かな空間に響いた。
相手の動きに耳を澄ませ、こっちは音を立てないように細心の注意を払いながら、しゃがみ込んだ姿勢でゆっくりと壁際へ移動する。
「何で……っ」という悔し紛れの独り言に続き、舌打ちが聞こえたところで、私は室内照明のスイッチを押した。