ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。



「今ちょうど夏怜ちゃんの髪の毛に降ってきてた」

「春ですね……」

「そうだね。あ、もう一回だけ目瞑ってもらってもいい?」


 まだ花びらが付いていたのか。咲き始めなのによく散るな。桜というのは本当に儚い花だ。

 そんなことを思いながら先ほどと同じようにする。と、先ほどとは比べ物にならないほど重量感のあるものが手に置かれた。

 驚いて思わず目を開き、手のひらに乗ったものを見て絶句した。


「なっ……」


 キラキラと輝く指輪が中に入った、立派なリングケース。それが手に置かれたものだった。
 しかもその指輪には見覚えがある。

『あ、でも私はこの、ダイヤモンドの隣に小さな誕生石が付いてるやつが好きかも』

 そんな自分の言葉とともに、先ほど店の中での光景がフラッシュバックした。

 これはまさか……。私は恐る恐るハルさんの顔を見る。


「夏怜ちゃん。大学を卒業したら、僕と結婚してください」


 婚約指輪。ダイヤモンドの隣に、六月の誕生石であるアレキサンドライトが付いている。

 まさに私が『好きかも』と言っていたものだった。


「これ、どうして……さっき買ったわけじゃない……ですよね」


 軽く見るだけで店を出てしまったのだから、買っている余裕なんてなかったはずだ。


「うん。夏怜ちゃんが好きそうなデザインを選んで買っておいた。で、もし店で君がこれを選んだら、今日言おうって決めてた」

「っ……」

「出会ってすぐに結婚して欲しいだとか、勝手に婚約者呼ばわりしてみたりとか、これまでもだいぶ強引なことをしてきた自覚はある。……どうしても君を手放したくなかったから。だから、きちんと夏怜ちゃんの気持ちを確認したい。返事、聞かせてもらっても良いかな?」

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