わたしたちの好きなひと
「ざーんねん。…もうおそいよシューコ。ほら、恭太こっち見てる」
「ち…がう。ちがうったら、恭太!」
 じたばたしているわたしのとなりで、そのとき掛居が息を飲んだ。
 (あ……)
 わたしは初めて見ていた。
 掛居の頬が見る見るピンクに染まってくるのを。
 掛居の視線を追ってみる。
 グラウンドでひらめいてるのは…白いタオル?
「…なんか、手ぇ振ってるひとがいますね、拓弥(たくみ)さん」
「…あのばかっ」
 掛居は冷たい風に背を向けて、吹かれるままにうつむいて髪で顔を隠した。
「あの、拓弥さん。なんか…手ぇ振りながら、こっち…来ますけど?」
 空はもう、あっという間に真っ暗で。
 掛居とわたしの息だけが、いつかのドライアイスみたいに、白くけぶっている。
 掛居が動かないのでわたしがドアへと走った。
 スチールドアのノブは、氷みたいに冷たくて。
 それを握って待つわたしの手はあっという間に冷えてくる。
 (だけど――…)
 このドアは、慣れていないと開けられないほどに()びているから。
 遠く深い場所からカツカツ響いてくる音。
 規則正しく、カツカツと階段を上ってくる音。
 早く。掛居。
 早く! 恭太。
 待ちきれなくて、ギギィとドアを開けて踊り場にのりだした。
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