わたしたちの好きなひと
 暗い階段を、ひょいひょいゆれながら上ってくるのは…恭太のばさばさ頭。
 (あー)
 掛居のドキドキが伝わってくる。
 ひとつ下の踊り場で立ち止まった恭太の首で、白いタオルだけが、まだゆれている。
「うーっす。ご主人様は帰るぞー、ポチ、チビ」
「おれたちは犬かっ」
 こんなときでも冷静な掛居が、ちょっと…にくらしい。
「ちがうの? さっき犬っころみたいに、じゃれてたじゃん」
「あれはねぇ……」
 わたしは、ちょっぴり掛居にいじわるしてやろうと思ったのに。
 突然、恭太が首からはずしたタオルが輪っかになって。
 うわっ!
 首に回されたタオルに引きづられてしまう。
「ちょっ。ムチうちになったら、ろーふんろよっ」
 最後のほうは、押しつけられた恭太の黒いウインドブレーカーの胸にしゃべっていた。
拓弥(たくみ)。あんまりこいつにべ夕べタすんの、やめろよな。こいつ…ばかだから、おまえに惚れちゃって三角関係になったら困るじゃねぇか」
 なんなんだ、それは。
 もがいているわたしの頭を、恭太はゲンコツでコツコツ叩く。
「だれがばかよ。ちょっと! 痛いっ」
 掛居の前でこんなことやめて!
 掛居の前でこんなの――ダメッ!
「おーい、拓弥。助けにこないのか」
「夫婦ゲンカは、犬も食わない」
「あははは。うまい。座布団10枚」
 ばか!
 鈍感!
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