わたしたちの好きなひと
 サーサーと降る雨のなかを恭太が走る。
 背中まで茶色いしぶきをはねとばして、恭太が走る。
 白いボールは、もうグラウンドと同じ色。
 屋上のわたしには、三角形の茶色い波のたつ場所に、ボールがあるってわかるだけ。
 土のグラウンドを、ばしゃばしゃ水しぶきをあげて走る、銀色のてるてるボーズたち。
 ひとりだけ顔が見えるのが恭太だ。

「恭太。わたし、どうしよう」
 問いかけても聞こえないひとにしてみる問いの答えは、自分のなかにしかない。
「恭太……」
 きらきら光る銀色のレインブレーカーのフードは、とっくに恭太の頭からすべり落ちて。
 恭太は、頭から黒いサッカーシューズの先まで、びしょびしょ。
 いつものベンチには、もうだれもいない。
 大会は終わってしまったけど、まだ走ってる。
 恭太はまだ、走ってるのにね。

『サッカーには、雨も雪も台風もないんだぜ。あるのは男の汗だけだ』って。
 むかし真面目な顔で言ってから、照れて笑ったよね。
 ――でも。
 恭太…本気だった。
 わたしはおばかさんだけど、それくらいはちゃんとわかる。
 だからサッカーに負けるのなら、わたし……。
 わたし、百回だって、千回だって、ふられてもいい。
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