御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
「今日は早希の言うとおり、もう休んだほうがよさそうだな」

 今度はまるで子どもに対する扱いだ。相変わらずスーツを着ていない素の状態でも妙な色気を孕んでいる人だ。

 無造作に重力に従って散る黒髪、私をじっと捉える瞳に何度も心を奪われてきた。今の彼とは上司と部下でもないし、恋人でもなければ結婚しているわけでもない。けれど……。

「明臣さん」

 小さく呼びかけると私に触れていた彼の手が止まった。

「もう少しだけ……そちらに近づいてもいいですか?」

 我ながら自分勝手なことを言っていると思う。ただ明臣さんは嫌な顔ひとつしなかった。

「もちろん」

 身を起こしておずおずと距離を縮めると、最後は明臣さんに強引に抱き寄せられる。驚く間もなく彼の胸に顔をうずめる形で密着した。

「大丈夫だ、早希はひとりじゃない」

 穏やかな声色と回された手のひらの温もりに安心する。芽衣に対する扱いも同然だ。でも今はそれでいい。

 伝わる体温と心音に心が落ち着き、次第に睡魔が襲ってくる。

 なんだろう、この感覚。前にもどこかで……。

「今度はもう逃がさない」

 明臣さんの声が近いようで遠く感じる。

 ちょっとずつでいい、前を向いていけたら。明臣さんの気持ちがほんのわずかでも私に向けてもらえたら。

 いつか私の気持ちを伝えてもいいのかな?

「私、明臣さんのこと……」

 最後は声にならない。唇に温もりを感じたのは気のせいなのか。私は意識を手放した。
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