御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
「社長こそ……」

 聞こえるか聞こえないほどのひとり言にも似た呟き。彼を見れば芽衣と向き合って優しく微笑んでいる。

 だから私はやっぱりやめた。逆に努めて明るく声をかける。

「上着、脱いだ方がいいですよ。今、歯が生えているらしく、むず痒いのかよだれと噛み癖がひどいので」

 すると社長は一度芽衣を下ろすと律儀にスーツのジャケットを脱ぎ、ついでに襟元に手を掛けネクタイを緩める。その仕草にどぎまぎしてしまうが、すぐに頭を軽く振った。

 彼は元上司で、こうして会っているのも芽衣の父親としてだ。

「夕飯がまだでしたら召し上がります? メニューはラタトゥイユとカボチャサラダなのでお嫌いでなければですが」

 気を取り直して花束の包み紙をはずしながら尋ねた。一瞬、社長が迷った表情を見せたので補足する。

「作りおきしていますので、どちらでもかまいませんよ。手間でもないですし」

 芽衣の離乳食を作るがてら作りおきや冷凍ストックは必須だった。芽衣の体を考えるとつい野菜中心のメニューになってしまう。

 男の人には物足らないかな?

「なら、いただく」

 私の思考と彼の回答は同時だった。

「では準備する間そのまま芽衣を見ていてもらってもかまいませんか?」

「わかった」

 やりとりはずいぶんと事務的なものだったけれど、どうしてか笑みが浮かびそうになる。

 芽衣が起きていたら、たいてい私のそばに寄ってきて料理や食事の支度の最中でも問答無用でまとわりついてくる。
< 46 / 147 >

この作品をシェア

pagetop