ハージェント家の天使
 生前、階段から落ちた時、御國だった自分は結婚も出来ず、子供も居ないまま死ぬのが悲しかった。
 自分だって欲しかった。夢を見ていた。
 素敵な結婚をして、幸せな家庭を持つ事を。

「ですから、貴方は『貴方だけのモニカ』として、皆を見守って下さい。『モニカ』になろうとは思わないで下さい」
「『私だけのモニカ』に……」
 その言葉が、モニカの胸の中に染み入った。

 自分は周りが知っている「モニカ」になろうとしていた。
 けれども、なれる訳が無かったのだ。
 例え、「モニカ」の記憶を引き継ごうとも、私《御國》がいなくなる訳では無い。
 それが目的なら、モニカになった時に御國としての意識は無くなっていただろう。
 御國としての意識が残っているという事は、そこに意味がある。
 その意味を知りたい。
 だから、私は「私だけのモニカ」になろう。
 モニカであり、御國でもある、「私だけのモニカ」にーー。

「私は、これからもモニカとして、生きていきたいです。『私だけのモニカ』として」
「ええ。貴方がモニカとして生きていけるように、私も助力を惜しみません」
 マキウスの言葉が、熱が、今は心強かった。
 モニカはマキウスに抱きついたまま、そっと目を閉じたのだった。

 それから、マキウスは身体を離すと、モニカをベッドに寝かせた。
 その隣に寝ながら、マキウスは「それで」と続けた。
「リュド殿はどうしますか? もし会うのが辛いようでしたら、明日以降は屋敷に来ても取り次がないように、使用人達に伝えますが……?」
「いえ」と、モニカは首を振った。
「今度こそ、ちゃんと話したいんです。お兄ちゃんと。今の私《モニカ》として』
「そうですか……」

 マキウスは目を細めると、モニカの顔に手を伸ばした。
 モニカがギュッと目を閉じていると、マキウスの温かい手は眦に触れたのだった。
「このまま寝たら、きっと明日の朝は腫れていますね」
 泣いていたモニカの目を心配してくれているのだろう。
 モニカは小さく笑った。
「そうですね」
「何か冷やせる物を持って来ますか?」
「いいえ」と、モニカは眦に触れているマキウスの大きな手を握った。
「今夜はこのまま居させて下さい。……少しも離れたくないんです」
 マキウスは目を大きく見開いた。やがて、「わかりました」と頷いたのだった。
 もう片方の手で、モニカの魔法石に触れると、魔力を補充しながら続けた。
「今夜はこのまま寝ましょう。手を繋いだままで」
「……はい」

 やがて、魔力の補充を終えると、マキウスは一度だけ手を離した。
 ベッド脇の灯りを消すと、再び、2人は手を繋いだ。
 控え目な月明かりが部屋を照らす中、2人はそのまま眠りについたのだった。

< 128 / 166 >

この作品をシェア

pagetop