ハージェント家の天使

「……私は、また貴方を失いたくないんです」

「えっ……?」
「モニカが……。前の『モニカ』が階段から落ちた時、辺りには砕けた魔法石が散らばっていました」
 魔法石が砕ける事は滅多にない。
 もし砕ける事があるとすれば、魔法石の寿命がきた時か、持ち主が魔法石の容量を超えた願いをした時だけ。
 マキウスが『モニカ』に渡した魔法石は、まだまだ新しい石だった。
 なので、寿命がきた訳ではないだろう。
 そうすると、砕けた理由は1つしか思い当たらなかった。

「『モニカ』が階段から落ちた原因が、魔法石にあるとは限りません。あの時、何故、『モニカ』が階段から落ちたのか、そして魔法石に何を願ったのか、どちらも未だにわからないままです」
 マキウスはモニカが重ねている手を、ぎゅっと握りしめた。
「ただ、魔法石が砕ける程の何かを『モニカ』が願った事は確かです」
「マキウス様……」
「私はそれを知りたいと思う反面、知りたくないとも思っています。それを知ってしまうのが怖い。そして」
 マキウスはモニカに向き合うと、両肩に手を置いた。
「魔法石を与えたら、今度こそ、モニカが遠くに行ってしまうような、そんな気がするのです」
 マキウスの唇が震えていた。伏せられた紫色の瞳には、悲しみが溢れていたのだった。
「マキウス様」
 モニカは静かに微笑んだ。
「今の私も、そう見えますか?」

 モニカは両肩に添えられたマキウスの手に触れた。
「私は、『モニカ』として生きる事を決めたんです。もう、どこにも行きません」
「モニカ……」
 モニカは頷いた。
「マキウス様が恐れているのもわかります。『モニカ』を大切に想っているんですね」
 マキウスは目を見開いた。そして、その顔はみるみる赤くなっていったのだった。
 もしかしたら、『モニカ』はマキウスとの結婚を望んでいなかったのかもしれない。
 けれども、こんなに大切に想われている『モニカ』を羨ましくも思う。

「私はマキウス様の傍に居ます。傍に居たいんです! 私はマキウス様の事が……!」
 モニカはぐっと言葉を飲み込んだ。
 すうっと息を吸い込むと、心を落ち着かせた。
「私には、ここ以外に居場所が無いんです。だから、ここに居ます……」
 マキウスは両眉を上げた。何か言おうと口を何度も開くが、言葉にならないようだった。
 その代わりに、モニカを抱きしめたのだった。
「わかっています」
「マキウス様……」
「今は何も言わず、ただ私の腕の中に居て下さい。……貴方を感じていたいのです」
 モニカはマキウスの身体に身を埋めた。
 マキウスからは甘い香りがしたのだった。

 それからしばらくして、マキウスは身体を離した。
 マキウスの身体が離れていくのを、どこか寂しく感じている自分がいた。
 そんな自分自身に、モニカは内心で驚いていたのだった。
「モニカ」
「はい」
「……戻りましょう」
 マキウスが伸ばした手に、モニカは躊躇なく自らの手を重ねた。
 マキウスの手は大きくて、皮が厚くて、温かかった。
 その熱は、モニカの胸にも染み入る温かさだった。
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