花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
 「では、行きましょうか」

 「あのっ!」


 看護師さんが俺ひとりを西さんの部屋に導こうとしていたところを呼び止める。


 「あの……先生は、」

 「宗谷くん……でしたよね?」

 「はい」

 「西さんの希望なんです。もし宗谷っていう人が来たら、その人ひとりだけを部屋に通してくださいって」


 なんか浮かない顔されてましたけど、と看護師さんは言う。

 浮かない顔……?


 「ここです」


 連れてこられたのは他とは違った部屋だった。

 他の部屋は相部屋となっていて、ドアも開け放されているところがほとんどだったけれど、ここは締め切られていた。

 分厚い扉。入口のところには首からさげた札を差し込む機械が備え付けられている。


 「西さんのことを聞きつけた何かの記者が親族を騙って部屋に入り込もうとしたことがありまして……。このような部屋にいてもらう運びになったんです」


 本人にとってもストレスになっていると思うんですが、こればかりは仕方ないですね。と看護師さんは何かを諦めたような口ぶりだった。


 「ここに入るにあたって、ひとつ約束していただきます」


 ドアを見つめたまま、彼女は言った。


 「今ではほとんど回復していますが、もし何か西さんの体調が急に悪くなったり、その他目に見えて変な言動が見られたりしたら、すぐに私たちに伝えてください」


 私たち、少なくとも私は、彼女の味方なので、と。

 やけに意味深な言葉を残して彼女は来た道を引き返していった。

 ひとつ大きな深呼吸をして、部屋の施錠を解く。

 ウィーン、という滑らかな機械音とともに、部屋の鍵が開いた音がした。

 そろりとドアを開けると、部屋の右側に真っ白なベッドが置いてあるのが目に入った。


 「西、さん、」


 ベッドから上体を起こして座っていたのは、紛れもない彼女で。

 しばらく見ない間に痩せてしまったのか、以前より更に華奢になったような気がした。


 「…………」


 呼びかけても、何の返事もない。ピクリともせずに、ただそこに座っているだけ。髪の束すら動かない。


 「西さん」


 もう一度、ドアから半身を覗かせたまま呼びかけてみる。

 返事がない。

 俯いた顔は前髪に隠れてしまって、彼女の表情は何ひとつわからない。


 ──ガチャンッ。


 耐えられなくなって、せっかく開けた扉をもう一度閉めてしまった。
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