昭和懐妊娶られ婚【元号旦那様シリーズ昭和編】
情け容赦ないその言葉を聞いて、彼が氷帝と呼ばれるのも頷けた。
 彼は森田さんであって森田さんじゃない。
 青山財閥の総帥の孫である青山鷹政。
 将来日本の財界を動かしていく人。
 私にとってはとても遠い存在――。
 彼のお陰で私の疑いは晴れたけど、なにかを失ったような寂しさを感じた。
 彼と一緒に仕事をした十日間がまるで幻のように思える。
 その後、青山鷹政さんは総帥と一緒に海外営業部を後にした。
 お昼休み、お弁当箱を広げ、空席になった隣の席を見てハーッと嘆息する。
 彼がここに戻ることはないだろう。
「お弁当作ってきたのにいなくなっちゃった」
 お昼に彼と一緒においなりを食べるのをとっても楽しみにしていたのに。
 落胆してしまって、食欲がまったくない。家族に好評だったおいなりは無駄になりそう。
 頬杖をつき、首元に下げている指輪に触れながら彼のことを考えていたら、不意に老人の声がして我に返った。
「ほお、うまそうないなりじゃのう」
「え? え? 総帥!?」
 
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