年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
「私は先代からお仕えしていますので社長のことは学生の頃から存じていますが、ご結婚されてから社長は本当にいいお顔をされるようになったと思います。今までどれほど大きな利益を上げても嬉しそうではなかったのに、結婚されてからは……いえ、奥様と出会われた頃から、人が変わったように幸せそうなお顔をされるようになりましたから」

なんとも恥ずかしいことを言ってくれると思ったが、否定はできない。顔つきがどうかは知らないが、璃音と出会ってから目の前が晴れたように人生が楽しくなったのだから。

「……結婚なんか、一生するつもりはなかったんだがな」

彼女と初めて出会った秋の日を思い出して、ボソリと呟く。

しのやは一族経営だ。基本的に本家の子息が社長の椅子を継ぐが、能力がないと親戚一同に判断されればその座は奪われる。
子供の頃から両親の期待に応えるために、親族に隙を見せないために、必死だった。
無事に社長の座に就いてからはそんな生き方をしてきた自分に虚しくなり、結婚もせず跡継ぎも作らず、自分の代で本家の血筋を絶やしてやろうと思っていた。

けれど。

人生とはわからないものだ。生まれて初めて手に入れたいと思ったものができただけで、自分が人間らしくなったような気がした。
ずっと『しのやの御曹司』という虚しい仮面をつけて生きてきた僕にとって、璃音は初めて人間らしい感情を教えてくれた女性だった。愛しいと思う気持ちも、絶対に手に入れたいという願望も、絶対に失いたくないという執着も、嫉妬も、独占欲も。

今の僕は『しのやの御曹司』ではなく、『璃音の夫』として生きている。この先ずっと、一生それは変わらないだろう。
僕の全ては璃音の幸せを優先させる。いつか子供が生まれ、その子の人生を選択する場面ができたとしても、僕は『しのやの御曹司』ではなく『璃音の夫』として決断を下すだろう。
たとえそれで、今の立場の何もかもを失ったとしても。

「ああ、そうだ。何時でもいい、午後にアース金融グループの会長と話をする時間を作ってくれ。電話でもいい」

やらなければならないことを思い出した僕は、部屋を出ようとする富田を呼び止めてそう命じた。

「アースの会長……ですか?」

富田が怪訝そうな顔をする。それもそうだろう、アース金融グループは一応取引先ではあるが、うちのメインバンクからすれば最も小さい。いつ取引を打ち切っても構わないところだが、向こうからしてみればうちは最大手の融資先なので命綱といったところだろう。

「いよいよ取引を打ち切るんですか?」と聞いてきた富田に、僕は食べ終わった弁当箱に手を合わせてから「いや、ちょっと交渉したいことがあって」と答える。

「アースに日本福福への融資を打ち切ってもらおうと思ってね。もちろん空いた分はうちが埋めさせてもらう」

「は!?」

突拍子もないことを言い出した僕に、富田がおかしいくらいに目を見開いて固まった。

「日本福福にはちょっと痛い目を見てもらう必要があるんだよ。うちに喧嘩を売ったらこの業界で生き残れないことをしっかり覚えてもらわないと」

「……けど、アースは日本福福のメインバンクですよね。融資を打ち切られたら経営が傾くどころではないんじゃ……。いったい何があったんですか?」

「さあね」

富田の質問に答えず、僕はデスクの隅に置いていた封筒を捻り潰してゴミ箱へ投げる。先月、璃音の元気がなかった日に何があったのかを調べさせた調査書だ。少し時間がかかってしまったが、ようやく今日に完全な報告が上がってきた。

「さて、午後の仕事も頑張るか」

エグゼクティブチェアから立ち上がり、窓に向かって伸びをする。
背後からボソッと「やっぱり鬼社長健在ですね」と富田の呟く声が聞こえた。

鬼だろうが血も涙もなかろうが、なんでもいい。璃音の笑顔が守れるならば、手段は選ばない。

社長室の窓からは中央区のオフィス街が一望できる。
人でごった返す街でも、夏の空は青い。快晴の下、先日買って植えたばかりのモミジとカエデは元気に育っているだろうか。
そして僕の愛しい妻は、僕の帰りを待ち侘びながら掃除でもしているのだろうか。

お弁当についていたクッキーの小袋を開け、ひとつ齧る。子熊のアイシングクッキーは彼女のように愛らしく甘く、僕の頬を幸せに緩ませた。


END
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