やわらかな檻
 そして兄――…久し振りだね弟君、とのたまいながら勢いよく襖を開け、冷えた夜気と共に無遠慮に踏み込んで来て、自分こそ華やかな造形を持つ癖して弟の顔を見入り、


「相変わらず美人だ。時にいつの間に模様替えしたんだい」


冗談を言ったかと思いきや、いきなり核心をつく。

 そう言う割に視線はシーツで隠されたツリーの一点に定まっているのだから、本気でただの模様替えと思っている訳ではないのだろう。

 しれりととぼける兄は部屋の主が盛大に不機嫌顔をしていても一向に構わないようだった。

 ソファに座って読みかけの本を防護壁代わりに広げる僕の前まで足を運び、あろうことか本の背に指を引っ掛け僕の顔を見ようとする。

 意外な方向からの力に本は容易く傾いた。すぐ手に力を込めて元の状態に戻したけれども。


「了承もなく入ってこないで下さい」

「君ならば、もし嫌なら入ってくる前に言っていたよ。足音……じゃない、気配くらい気付けるだろう」

「そうですけど、何の用ですか」

「寒いね。暖房つけないの」

 話が通じない。

「貴方が襖を閉めないからです」


 確かに暖房はつけていないが、厚手のコートを着込んでマフラーに半分顔を埋めた服装と兄の部屋から此処までの所要時間……急いで5分ほどを考えると、両腕を組み、足踏みして寒がるのは大袈裟だと思う。寒がりとは聞いていなかった。

 入り口を指差すと兄はそうか、と呟きながら襖を閉めに行った。
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