やわらかな檻
 彼女のまなじりに涙の雫が浮かぶ。

 中途半端に残って燻る、今すぐそれを拭って抱きしめてあげたい気持ちが消えれば良いのに、と思った。


「難しい言葉、使わないで……?」

「二度と来るな、と言っているんですよ」

 スカートを翻す背中が視界から消えると、後には僕と飾られないツリー一式と、白い溜息だけが残る。

「……後で、宅配業者を呼ばないと」


 揃えた遊び道具も処分しないといけない。ただ宅配業者にせよそれにせよ、暫くは動く気になれなくて、空っぽの和室に一人佇んだ。



 この和室に外と繋がる電話は無い。

 母屋へ内線を入れれば相応の業者がすっ飛んでくるはずだけれど、その内線ボタン一つ押すにもまだ動く気にならなかった。彼女を追い出してから三日以上だ。

 暫くどころじゃないな、と自嘲してみても身体は動かないし心なしか呼吸もし辛い。

 恐らく考えてはいけないのだろうその理由は白いシーツで蓋をして、今も玩具の添えたツリーと共に部屋の隅に転がっている。

 白い塊を見たくない、けれど侍女には触らせたくないと一人で文机を移動させ、枕の位置を逆にし、人知れず神経を尖らせているのを侵入者は気付いたようだった。

 事前連絡無しにこの部屋へ入って来れる者は限られている。

 滅多に無いが両親、僕ら兄弟の教育係、昨日までは彼女。
< 130 / 143 >

この作品をシェア

pagetop