狂おしいほどに君を愛している

20.もう誰も要りません

「この女は妾腹ではありませんか、旦那様」

「黙れ」

後ろでに両手を縛られ、床に転がされたエリーシャは公爵に必死に弁明する。

私が妾腹の立場も弁えずにオルガの心臓を持ったまま生き続けているのが悪いと。だから自分は間違えていないのだと。

公爵は表だって同意するわけにはいかないだろうとは思っていたけど、そんな突き放すような冷たい声を出すとは思わなかった。

義兄たちからも殺気のようなものが滲み出ている。

みんな、どうしたのだろう。

彼らにとって私の死など喜びこそすれ悲しむことでも憤ることでもないだろう。お優しい彼らは直接私に手を下すことはできない。でも、代わりに誰かが殺してくれるのなら有難いことではないか。

ああ、そうか、分かった。

失敗しやがってって怒っているのかな。それなら分かる。

「妾腹であろうとスカーレットは私が認めた公爵家の人間だ。男爵家の娘風情が手を出して許される範囲ではない」

エリーシャは男爵家の娘だったのか。

その年でまだ我が家に侍女として勤めているということは兄か弟がいるのか、彼女が次女で家を継げないということか。

「タダですむと思うなよ」

私が言った時よりも真実味を帯びていたのか私が言った時よりも血の気の引いた顔をしている。まるで死人のようだ。

「お、奥様」

エリーシャは縋るように公爵夫人のドレスの裾を握り締める。

公爵夫人は不快そうに眉間に皴を寄せた。ただ、それでもはねのけることはしなかった。

「助けてください、奥様、お願いします。私は奥様の」

「私、確かにスカーレットのことは気に食わないわ。だって妾腹ですもの。おまけにオルガの心臓を持っていて。だからって旦那様が娘と認めた子を殺そうとした侍女の肩を持つと思っているのかしら?」

エリーシャの言葉を遮り、夫人は言った。

「そ、そんな、私は奥様の為に、奥様だって仰っていたではありませんか。スカーレットお嬢様のことが気に入らないって、邸から出て行って欲しいって」

「ええ、言ったわ。だって私は正妻ですもの。正妻が愛人の子を疎むのは当然でしょう。だからって殺そうとまでは思わないわ。私、あなたにそんな命令したかしら?」

「それは」

エリーシャは言い淀んだ。

全貌が見えてきた。

夫人は確かに命令はしていない。ただ言葉巧みに誘導しただけだ。勝手に勘違いしたエリーシャが独断で動いただけ。これでは、どうすることもできない。

裁けるのはエリーシャだけ。

「連れて行け」

「奥様、奥様、お助け下さい」

泣きじゃくるエリーシャを公爵家が雇っている騎士たちが連行していった。

「スカーレット、お前の侍女と護衛だが」

「要りません。その代わり、私に護身術を教える先生を雇っていただけませんか?後、銀食器もお願いします。それからお茶の淹れ方も教えていただける人をお願いします」

「スカーレット、気持ちは分かるけど護衛なしは危ない。護身術を習っていたとしても女性の身で」

「ノルウェン様には分かりませんわ」

諭そうとするノルウェンを私は拒絶した。

「新しい護衛と侍女が同じことを繰り返さないとどうして言えますの?あなた方がどんなに言い含めたところで、誰のどんな思惑が絡んでくるかも分からない状況で信用などできませんわ。それに」

私は一同を見渡して言う。

「私が死ねば利益を得られる方たちが用意したものを信じられるほど脳みそお花畑ではありませんわ」

「俺たちがお前の死を願っているとそう言いたいのか?」

エヴァンは獣が怒りで唸るような声でそう聞く。

本当のことを言っただけなのにそんなに怒ることだろうか。ここにいるのはみんな身内だ。本心を隠す必要はないと思うけど。面倒な方たちね。

「あなた達が何を願っているかなんて知りませんわ。ただ、そうでないと言い切れますの?言い切ったとしてどうしてその言葉を信じれましょうか?」

「っ」

エヴァンもノルウェンも何かを堪えるように言葉を噤んだ。どうして、そんな痛ましそうな顔をするのだろう。

「分かった、早急に手配しよう」

「父上」

「彼女の言う通りだ。信用できない護衛をつけたところでかえって身を危険に晒すだけだ」

あら、意外にあっさりと許可したわね。

まぁ、お互い不干渉が一番よね。

「ありがとうございます」
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