狂おしいほどに君を愛している

19.己を守れるのは己のみ

「疲れた」

私は部屋に戻ってソファーに深く身を沈めた。

まさか義兄がリーズナを窘めるなんて。今まででは考えられないことだ。どうして前回と違うのだろう。

私が変わったから周囲も変わったのだろうか。

これから先の運命も変えられる?

「お嬢様、お茶を淹れてまいりました」

エリーシャがいつもの健康茶を淹れてきた。

護衛は使い物にならなかった。なら侍女は?

私はエリーシャが淹れてくれた変わったお茶を見つめる。

「どうかなさいましたか?」

すぐに飲まない私をエリーシャが不思議そうに見る。

無理やりお茶を勧めてくるようなことはしない。継続的に飲むことに意味があるのは間違いないだろう。毎日出てくるし。少量なら気づかれにくい。少しずつ、弱らせて。

そう考えるとぞっとした。

私が変わったことで周囲も変化したとしたら今までのようにはいかなくなる。

「っ」

落ち着け。動揺を悟られるな。

大丈夫。自分以外は敵なんて今までと同じじゃない。ただ、こんなふうに直接的に命を狙われたことがないだけ。

「ケーキが食べたいわ。持ってきてくれる」

「畏まりました」

エリーシャはすぐにケーキを持ってきてくれた。ケーキには銀食器がついてくる。

私はエリーシャに気づかれないようにフォークを紅茶につけた。

「‥…」

黒く変色した。毒が入っている。

「どうかなさいました、お嬢様」

「エリーシャ、こっちに来て」

「はい」

「もっとよ。もっと近くに来て」

エリーシャは忠実な侍女らしく私の手の届く範囲に来た。私は油断している彼女の手を思いっきり引っ張った。

私に引っ張られたエリーシャはソファーに倒れる。私は彼女の上に乗り、黒く変色したフォークを彼女の横に突き刺した。

何が起こったのかまだ理解していないエリーシャは目を白黒させていた。

「誰に命令されたの?」

「何のことですか?」

「しらばっくれても無駄よ。目の前に毒入りの紅茶があるわ。この紅茶を用意したのはあなた。黙っているのならあなたは貴族の娘を殺そうとし大罪人として裁かれることになる。でも命じられたのなら、侍女として逆らうことはできなかったとして情状酌量の余地があると判断され、処刑は免れる。私がそうなるように口添えしてあげてもいい」

「‥‥‥」

エリーシャはそれでも黙っていた。でも瞳が揺れている。迷っているんだ。ならつけ入る余地はある。

「公爵?それとも公爵夫人?ああ、公爵夫人ね」

案外ちょろいわね。

「私は何も言っていません」

「人はそこにいるだけで情報源になるのよ。視線、発汗の量、鼓動の速さ、息遣い」

私はエリーシャの胸の上に手を乗せた。

「くす。かなり早いわね。焦っている?どうしようか、迷っているのね」

「お嬢様は本当に子供ですか」

「私が大人に見えるの?」

見た目は子供でも中身は妾腹という弱い立場で社交界で生き抜いて来た記憶がある。

宝石や上等な布で華美に着飾りながらその中身は悪臭を漂わせる醜い人間共の集まりを生き抜くには馬鹿では無理なのよ。もちろん、清廉な人間でも無理でしょうね。

「あなたに命令した夫人はあなたをどれだけ守ってくれるのかしら?私があなたを公爵に突き出した時、夫人は庇ってくれると思う?庇ったりなんかしないわ。だって自分の立場が不利になるもの」

「奥様が私を見捨てるわけがありません」

そう言う割にはエリーシャの瞳は不安で揺れていた。分かっているのだ。たかが一介の侍女を庇ってくれるわけがないと。

「自分に置き換えて考えてみたら?あなた、立場が逆だったら庇うの?義理とは言え娘を、しかもオルガの心臓に選ばれた娘を殺すように命じましたって」

「っ。そもそも、それが間違いなのよ。オルガの心臓はあなたが持っていていいべきものではないわ。あなたも貴族の娘なら自決して、正しい人に継承されるようにすべきなのよ」

「それを決めるのはあなたではないわ。黒幕を明かす気がないようね。なら弁明は公爵の前ですることね」

「旦那様だって私の考えに賛同してくださりますわ。あなたは生まれるべきではなかった」

「そうかもね」
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