狂おしいほどに君を愛している

26.油断大敵

「綺麗」

ノエルからの贈り物はアレキサンドライトのペンダントだった。とても変わった形をしているけど派手ではないので普段でも使えるものだ。もちろん、夜会につけていってもおかしくはないものだった。

普段は緑色だけど、光に当てると赤くなるこの石は萩色の髪と緑の目をしている私の色だ。だからプレゼントにこの石を選んでくれたのかな。

「私よりもノエルの色が近いか」

ノエルも赤い髪と緑の目をしていた。

「‥‥‥まさかね」

初めて会った人に自分の色が入った装飾品なんて送ったりはしないだろう。

私と彼がたまたま同じ系統の色を持っていただけだ。

「お返し、何にしよう」

私が彼にあげられるものは少ない。

毎月、公爵からお小遣いは支給されている。そこから必要なドレスや化粧品などを買っている。

しっかりと教えてもらえなかったから刺繍も得意ではない。だけど、見れないようなレベルではない。

「ハンカチにしよう。簡単な刺繍なら私にも出来るし」

誰かに何かを贈るなんて初めてだ。喜んでくれるだろうか。どんな顔をするだろう。迷惑ではないだろうか。

考えるだけで胸がドキドキするし楽しい。

知らなかった。

誰かに何かを贈ると考えるだけでこんなにも胸が温かい気持ちになるなんて。

「ノエルも私と同じだったのかな」

私はノエルがくれたプレゼントを撫でるように触る。

今の私みたいにドキドキしてくれたのかな。

私のことを考えながら悩んで、選んでくれたのかな。そうだといいな。そうだと、嬉しいな。

「刺繍は何にしよう。ノエルはどんなものが好きなんだろう」

まだ多く会話したわけではないから分からないことが多い。

ノエルとはクラスが同じだから明日から一緒に過ごす時間も多くなる。

ノエルとたくさん話して、たくさんの時間を共有してノエルのことをもっと知っていこう。知っていけたらいいな。

彼が好きな物が分かってからお返しした方が良いだろう。その方がきっと喜んでくれる。

明日もノエルと会える。

ただそれだけの事実がとても嬉しい。



◇◇◇



ぱしゃん



翌日、ノエルがくれたペンダントをつけて登校すると水をかけられた。

かけたのは気弱そうな顔をした令嬢だ。自分がしたことなのに目に涙を溜めてプルプルと震えている。

「あっらぁ、大丈夫。びしょ濡れね」

羽根つきの扇を持った金髪の令嬢が私を見て「おほほほほ」と面白い声を出して笑う。

金髪縦ロールに羽根つきの扇、加えて先ほどの妙な笑い方。どこの悪役令嬢ですかと聞きたくなるような特徴的な人ね。

成程。私に水をかけてきた彼女は命令されてやったのね。

「でもちょうど良かったんじゃございません?このクラス庶民臭いと思っていたのよ。ねぇ、みなさん」

金髪の令嬢がそう言って背後にいる人たちに振り返るとみんな「そうだ、そうだ」と言って同意を示す。そんな様子に彼女はとても満足そうだ。

私は彼女を知っている。

ユージーンと婚約した時に特によく突っかかってきた令嬢だ。

名前は確か、ヴィーシャ。ヴィーシャ・エトライナー。エトライナー辺境伯の孫だ。

彼女は幼い頃、辺境伯に連れられて王宮に来た時にユージーンを見て、一目惚れをしたんだ。そこからユージーンに付き纏い、嫌がられていたわね。

それは今世でも変わりはないようだ。ただ、私はまだユージーンと婚約はしていないんだけど。

「あなた、夜会でユージーン殿下に声をかけられたからって図に乗らないことね。オルガの心臓を持っているとはいえ、あなたの半分は薄汚い娼婦の血なんだから。ご自分の立場を弁えることね」

ああ、そういうことか。あの夜会に彼女も出席していたのね。

ただユージーンに声をかけられたぐらいでこんな行動に出るなんて、本当に愚かな人だ。

それに立場を弁えろですって?

「何がおかしいのよ。どうして笑うの?」

ああ、あまりに愚かしいから無意識に笑みがこぼれていたのか。

「あなたがあまりにも愚かしくて、つい。ごめんなさいね」

「何ですって」

「立場を弁えろでしたっけ?それはこちらのセリフよ」

「汚れた血の分際で、ああ、だから自分の立場を理解する頭がないのね」

「鉱山、あとどれくらいもつかしら?」

「どういう意味よ」

ああ、やっぱり分かっていなかったのか。

貴族の令嬢は自分の家の経済状況に疎い。彼女がこうも傲慢に振る舞えるのは鉱山を所有することによって公爵家に匹敵するだけの財を築いていたからだ。

けれど物事には限界がある。掘り続ければいずれ枯渇するのが鉱山という物。

繰り返しの人生で四回とも彼女の家は今から二年後に没落している。

鉱山が枯渇し、もう何も取れなくなっていたにも関わらず借金をしてまで生活水準を維持しようとした結果だ。

「取り続ければ減るものよ。知らない間に増えることなんてない。五十年以上も何の対策も立てずに搾取し続ければいつかは底を尽きるのは明白」

「口から出まかせを」

「あなたの家が借金をしているのは事実でしょう」

「どうしてそれを」

知っていて当然だわ。

だって私は四回もあなた方の末路を見てきているのだもの。

図星をつかれたヴィーシャに最初のような勢いは失われている。

「鉱山が潤っているのなら借金をする必要はないわ」

「こ、今年はたまたま不作で」

「だとしても今までの蓄えで何とかなったはず。それが無理なのはもう何年も前から鉱石が取れていないからよ。いい加減、現実を直視なさったら」

「っ。し、失礼するわ」

ヴィーシャは私を突き飛ばして教室を出て行った。

私がヴィーシャと一緒になって笑っていた連中に目を向けるとみんな気まずそうに視線を逸らす。

「まるで烏合の衆ね。先頭に立つ者がいなければ何もできないの?誰かの悪意に対して同意しかできないのなら、何もしないことね」

本当に、どうしよもない連中だ。
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