弔いの鐘をきけ
病魔に身体を蝕まれ、いつ死んでもおかしくないのにミトはゆっくり読めと言う。ニコールがきょとんとして彼を見上げれば、ミトは小声でぽつりとつづける。
「ニコールにはまだ読んでもらいたい原稿があるんだから」
いまさら生き急ぐ必要もないだろ、とぶっきらぼうに呟いて、ミトはすたすたと自分の席に戻っていく。そんな彼を見て、ジェシカが苦笑する。
「……言わなくていいのに」
「なあに?」
「ううん、こっちの話」
* * *
ミトから渡された三冊の本を紙袋に入れ、ニコールは両腕で抱えたまま、ジェシカが運転する車椅子で通りを進む。
昼を過ぎたからか、車の往来はずいぶん減っている。このまま病院に戻るのかと思えば、ジェシカは何も言わずに途中から道を変える。
「ジェシカ?」
「ニコにいいもの見せてあげる」
そして坂道を登りはじめる。煉瓦で舗装されたばかりの坂道はふだん目にする通りのグレーと異なり、どこか別世界への入り口を示唆しているかのようだ。
この年になって、わくわくするというのも悪くない。長年小説の編集に携わっていただけあって、無駄に想像力だけは持ち合わせが有り余るほどだ。