弔いの鐘をきけ

 もう一度、念を込めたらあっさりと瞼がひらいた。目の前には涙を溜めたジェシカがいる。ライティングテーブルの上に積んであった朱の走った原稿はどこにもない。さっきまで確かにここで自分は読んでいたはずだと思ったそれは、夢だったのか……?
 そこで、我に却った。

「そう……わたし、死ぬのね」

 悪い夢を見ているかのようだった。けれど、その悪い夢を見せているのは、ニコール自身なのだ。
 医師の言葉がすべてを語っていた。身体の感覚がないのだ。薬によって抑えられている痛みや副作用の吐き気、寝起きに起こる頭痛と倦怠感……そういった感覚がまったくない。かといって、軽々と身体を動かせるわけでもない。どちらかといえば、自分が無機物になってしまったかのような感覚。死の訪れを予感させるには充分な、一度も感じたことのない状態が、ニコールを納得させる。

「ニコ、なんでそんなに落ちついているの」

 けれど、ジェシカは理解できないのだろう、目の前で生命の灯を消そうとしているニコールが、すべてを悟ったかのように微笑を浮かべていることに。
 ニコールは弱々しくも、しっかりとした声音で応える。
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