弔いの鐘をきけ
独り言にしてはおおきな声が、書き物をしていた女性の手を制止させる。
「冷たい土の下よ」
後ろを振り向くことなく応える女性に、男は苦笑する。
「それを言ったらロマンがない。神に導かれ天国で先に行っていたひとたちと再会して、幸せになっていると思った方が、救われると思いませんか? ニコール先生」
「おめでたいわね」
ミトの声に、ニコールと呼ばれたジェシカがくるりと振り返り、笑い返す。
「……あの頃の素直なジェシカはどこに行っちゃったんだか」
「それをあなたが言うの? ニコが死んだときに一緒に葬ったのよ」
あれから三年。夢見るだけのおめでたい自分と決別し、現実と向き合い、文学を学びながら国際的な小説賞を大学在学中に史上最年少で受賞したジェシカは、ニコールという筆名で目を瞠るような活躍をしている。
彼女を傍で支えるのは、タチアナ書房を継いだミトだ。ジェシカがニコールになったいまも、彼だけは彼女のことをジェシカと呼ぶ。
「だって、弔いの鐘は、あなたに抱かれたそのときから、試合開始の鐘になったんですもの」