弔いの鐘をきけ
生前、彼女のことをニコールに頼まれていたから、という言い訳をあたまのなかで考えておきながら、連れ込んだのはホテルの殺風景な一室だ。男女が逢引で利用する陳腐な宿だから、部屋の真ん中に白いベッドが一つ置かれている。
こんな場所に連れ込むなんて、ふだんの彼女なら絶対に許してくれなかっただろう。ミトのことなど異性以前に、ニコールが気まぐれに育てた編集者の卵、くらいにしか考えていなかったのだから。
「はなして」
黒い喪服姿のジェシカは同じく黒いスーツを着たミトにきつく抱きしめられていることに気づいて、慌てて声をあげる。けれども、ミトにそのつもりはない。
「いやだよ。ちゃんと、泣くまではなさない」
「……う」
意地っ張りで強がりでひとを頼らないところが放っておけなかった。
彼女はニコールの前では甘えん坊で世間知らずなところを見せる可愛い孫娘だったけれど。
ミトにとってジェシカは、磨けば光る原石で、誰にも渡したくない女の子だから。
「うぅっ……っ」
彼女の嗚咽が弔いの鐘に重なる。
誰にも見せるつもりなんかなかった、心の奥底で渦巻く悔恨とともに。