伯爵令嬢のつもりが悪役令嬢ザマァ婚約破棄&追放コンボで冥界の聖母になりました
 目を閉じたまま唇が動く。

「ミリアはおるか?」

 侍女が前に進み出る。

「はい、なんでございましょうか」

「そなたはよく我が伯爵家に仕えてくれた。礼を言うぞ」

「もったいないお言葉でございます」

「これからもエレナのことを頼むぞ」

「はい、私の心はいつも一つでございます」

「うむ、今宵のことも粗相のないようにな」

「はい、心得ております」

「良い知らせを待っておるぞ」

 父は柔和な表情になって穏やかな寝息を立てはじめた。

 エレナはミリアの横からそっと声をかけた。

「では、お父様、行って参ります」

 目のふちを指でぬぐいながら部屋を出ると、廊下の冷たい空気が首筋にまとわりついてくる。

 エレナは身震いしながら肩掛けをかき寄せた。

 古い城はあちこち傷んでいて、すきま風は吹くし、カビくさい。

 華やかだった伯爵家も、母が亡くなった頃から、しだいに行き届かないところが目立つようになっていた。

 父が病に伏せってからは領地の経営もあまりうまくいっていないという話はエレナの耳にも入っていた。

 有能な執事が去ってしまい、かつてはたくさんいた使用人も、一人減り二人減り、今では半分以下になってしまった。

 だが、箱入り娘の自分にできることなど何もない。

 エレナにもそのくらいのことは分かっていた。

 今宵の婚約パーティーを無事に終えれば、自分は王室の一員として迎え入れられる。

 王子との婚約は自分が生まれたときからの契約事項だと聞かされてきた。

 一度も相手に会ったことはないが、そんなことは問題ではない。

 貴族にとっては名誉なことであり、この世で最高の地位を手に入れることになるのだ。

 美男子であってほしいが、カエルでなければそれでかまわない。

「カエル?」と、ミリアが首をかしげて立ち止まる。

 つい、思っていたことを口に出していたらしい。

「フラグですか、お嬢様」

 旗?

 今度はエレナが首をかしげる番だった。


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