伯爵令嬢のつもりが悪役令嬢ザマァ婚約破棄&追放コンボで冥界の聖母になりました
 じょわぁぁぁぁ……

 あら?

 ……何かしら?

 なんだか脚が温かい。

 エレナの脚にしがみついていた男の子が恐怖のあまりおしっこを漏らしてしまったのだった。

 エレナにもかかって、びしょびしょだ。

 あら、まあ、どうしましょう。

「ごめんなさい。ママごめんなさい」

 男の子がブルブルと震えて大声を上げてまた泣きだしてしまった。

 弱みを感じ取ったのか、獣の目の色が変わったように見えた。

 駄目だ。

 このままでは二人とも食われてしまう。

 エレナは心の中で祈りを唱えた。

 お母様、乱暴なわたくしをお許しください。

 エレナは両手につかんでいた石を一度に思いっきり投げつけて叫んだ。

「来るな! どっか行け! ゴラァ!」

 石の攻撃とさっきまでとは違う言葉の調子に驚いたのか、前へ踏み出そうとしていた獣があわてて向きを変えて逃げ出す。

 数歩で立ち止まってこちらを振り向いた瞬間、エレナは両手を振り回しながらまた大声を出した。

「行けって言ってんだろぅが! こっちが食ってやるぞ!」

 エレナの勢いに恐れをなした獣は尻尾を丸めて闇の中へ消えていった。

 膝が崩れそうなほど震えていたが、エレナの顔には満足げな笑顔が浮かんでいた。

 ああ、すっきりしましたわ。

 こっそり読んだ小説に出てきたセリフを覚えていて良かったですわね。

 ルクスにもこんなふうに言ってやりたかった。

 でも、あの人にはもっと汚い言葉を浴びせてしまいそうですわ。

 ……うふふ。

 安堵したエレナが振り向くと、男の子はへたり込んで泣きじゃくっていた。

「こわいよぉ、こわいよぅ」

「もう大丈夫ですよ」とエレナが駆け寄ると、男の子がもっとおびえ出す。

「こわいよぉ」

「もう大丈夫ですよ。こわい獣はいなくなりましたからね」

「ママこわいよぅ」

 どうやら獣ではなく、エレナの剣幕の方が恐ろしかったらしい。

 抱きしめてやろうとすると体をよじって逃げ出そうとする。

 そんなに怖がらせてしまったのだろうか。

 エレナは反省しながらも、自分の力に少し自信を持った。

 自分は何もできないわけではないのだ。

 ただ、その力と勇気を正しく使えば良いだけだ。

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