愛がなくても、生きていける
これが、恋に落ちる瞬間というものなのだろう。
ついさっきまで帰り道はどうしようかと考えていたはずなのに、心は彼女の言葉と眼差しで埋め尽くされて。
歩きながら里見さんのことを考えているうちに足は自宅についていた。
この感情を言葉にするほどの確信はまだない。
だけど少しの間にも彼女のことを何度も何度も思い出してしまう。
それだけで、感情の呼び名など明らかだった。
今夜だけの思い出で終わらせたくない。
明日にはただの同じ会社の違う部署の人、なんかにはなりたくない。
そう決めた俺は、翌日の昼。経理部のオフィスへと向かった。
「里見さーん、いるー?」
部屋の入り口から手を振り呼びかけると、周囲は驚き俺と奥の席にいた里見さんの顔を交互に見た。
その視線を受けながら、里見さんは不快そうに冷めた目を向ける。
「……お疲れさまです。どのようなご用件で」
って早速他人行儀だ。
もうすでに彼女の中では昨夜のことはただの過去のことになってしまったのだろうか、と心折れそうになりながらも俺は口を開く。
「お昼まだだったら一緒に食べないかなって思って。誘いに来たんだけど」
「どうして私なんですか。他にも中村さんとご飯食べたい子なんて沢山いますよ」
チラ、と彼女が視線で示す先にいるのは、昨日俺にビールをかけたあの子、佐々木さんだ。
いや、違うんだって。女の子なら誰でもいいわけじゃないんだって。
席に戻ろうとする里見さんに、思わず俺は腕を掴んで引き止める。
「俺は、里見さんと一緒がいいんだけど!」
咄嗟に口から出た本音に、周囲からは「おお!」と冷やかすような声が聞こえた。
しまった、こんな言い方したら『誰にでも言ってそう』とか思われるかも。
そう思いながら里見さんのほうを見る、けれど彼女は意外にも驚いた顔を見せていた。
それから少し戸惑った表情をして、渋々頷いた。