愛がなくても、生きていける
「だから、ひとりでいいなんて諦めたように言わないで」
目を見つめて言った言葉に、里見さんは少し驚き下を向く。
そして肩を小さく震わせながら、聞こえてきたのは「ふふ」という笑い声だった。
「中村さんって、本当変わってますね」
「そうかな?」
「そうです。真面目な顔でそんなこと言った人、初めて」
長いまつ毛をふせ、おかしそうに笑う。そんな彼女がまたかわいくて、言葉が自然に口からこぼれる。
「そりゃあ……里見さんにだから」
ここまで言って気づいた。
さっきの発言といい、この発言といい……俺、半ば告白してるようなもんじゃないか!?
軽い、チャラいと思われていたらどうしよう。少し親しくなったくらいで気持ち悪いとか、セクハラで訴えられたらどうしよう。
言ってからヒヤヒヤしてしまい、恐る恐る里見さんの反応を伺う。
ところが隣の里見さんは、いつもの冷ややかな目……ではなく、少し戸惑ったように頬を真っ赤に染めていた。
意外なその反応に、俺もついつられて頬が熱くなる。
いつもみたいに、『そうですか』って冷静に流すと思ったのに。
そんなかわいい反応に、浮かれないわけがない。
少しだけ。ほんの少しだけ、彼女も心をひらいてくれているんじゃないかとか、そんなふうに思うのは自惚れだろうか。
里見さんの笑顔が、冗談が、嬉しくて。3ヶ月間の出張なんてきっとすぐなんだろうけど……寂しさに後ろ髪を引かれる、自分がいる。
その週の終わり、金曜日の夜。
週明けからの出張の準備を済ませた頃には、定時はとっくに過ぎてオフィスにはまばらにしか人が残っていなかった。
さて、俺もそろそろ帰るか。
今日は一日外回りだったから、里見さんとは会えなかったな。経理部はまだ何人かいたっぽいけど、里見さんはもう帰ってしまっただろうか。
顔を見るだけでも、と思いながら経理部のオフィスのドアを小さく開けて室内を覗き込む。
けれどそこには彼女はおらず、以前飲み会で俺にビールをかけた女の子……佐々木さんと、もうひとり女性社員がいるだけだ。
……彼女に捕まると面倒になりそうだし、早く帰るか。
そう思い、ドアを閉めようとした――その時だった。