愛がなくても、生きていける
「今頃里見さん、西野のやつとお楽しみ中かなー?」
佐々木さんが言った『里見さん』の名前に、思わずドアを閉める手が止まる。
西野、といえば俺と同じ営業部の後輩だ。
異性関係がだらしないという噂は聞いていたが、彼女とのつながりもあったのか。
考えながら耳を傾ける俺に気づくことなく、彼女たちは笑いながら話を続けた。
「佐々木もやばい作戦思いつくよね。あの女好きの西野に色仕掛けして、里見さん襲うように仕向けるなんてさ」
「私の色気の賜物、って言ってくれない?それに西野も『里見みたいなおとなしそうな女としてみたい』ってノリノリだったし」
里見さんを、襲うように……?
その言葉の意味が一瞬うまく理解できず、頭の中が困惑する。
「これも里見さんが悪いんだから仕方ないよね。私男に興味ありませんって顔しながら、私に恥かかせたし中村さんにも言い寄ってるみたいだし」
「あはは、佐々木、前の飲み会でのこと超根に持ってるもんね」
「まぁ、これで痛い目見れば少しは大人しくなるでしょ。週明け里見さんがどんな顔でくるか楽しみ〜」
あはは、と中から響く笑い声を聞きながら、全身の熱がスッと冷めるのを感じた。
ムカつくとか憎いとか、そういった感情が込み上げるより先に、俺はドアを拳で殴り乱暴に開ける。
バァン!と勢いよく響いた音に、彼女たちは驚きこちらを見て顔を青くさせた。
「え……中村、さ……!?」
「それ、どこだよ」
「え?」
「ふたりは今どこにいるんだよ!答えろ!!」
荒らげた声に、彼女たちは次第に涙目になりながら「上の小会議室……」とつぶやく。
それを聞き、俺は駆け足でその場を飛び出し、ひとつ上のフロアを目指した。
こんなにも顔を歪め、感情のままに声を荒らげたのはどれくらいぶりだろう。
会社内でこんなことをしてしまえば、きっと『イメージと違う』と否定されて、これまで自分なりに要領よくやってきたことも崩れてしまうかもしれない。
だけどそれでも、今我慢するのは違うだろ。
空気を読んで、守りたいものを守れなかったら意味がない。