愛がなくても、生きていける
上のフロアはもうひと気はなく、薄暗い廊下の中ブラインドの下がった小会議室からは明かりが漏れていた。
うちの会議室には鍵はついていない。それを覚えていた俺は、躊躇いなくドアを開ける。
するとそこには、会議室の机の上で押し倒される里見さんと上に覆い被さる西野の姿があった。
「えっ……あれ、中村先輩!?なんで……」
驚く西野は、スーツのジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを外そうとしていたところらしい。
その下で組み敷かれている里見さんは、ブラウスのボタンがいくつか外され胸元がはだけた姿で、髪も乱れている。
その姿からよほど抵抗していたのだと察して、今度は全身の血が怒りで煮えたぎるのを感じた。
「……お前、なにしてんだよ」
「いや、あのこれは……佐々木が、その」
「いいからさっさと離れろ!!」
この後に及んで言い訳をしようとする西野に、俺は胸ぐらを掴むと、勢いよくその体を壁に押し付けた。
「お前自分がなにしてるかわかってんのか?おい!」
「ひっ、すみません!もうしません、だからっ……」
西野の言い訳に耳も貸さず、怒りのまま殴りつけようと腕を振り上げる。
けれどその腕を掴んだのは里見さんだった。
「中村さん!やめてください!」
「離して、里見さん。俺はこいつを許せるほど優しくない」
「ダメ!私は大丈夫ですから、だから……」
絞り出すような言葉とともに、俺の腕を掴む里見さんの細い指が震えていることに気づき、拳に入っていた力が抜けた。
「……西野。また里見さんになにかしようもんなら、次は社会的に潰す。そう彼女にも言っておけよ」
自分でも自分のものとは思えないような、低く淡々とした声が出た。
その言葉に西野はすっかり恐れをなしたようで、「す、すみませんでした!」と部屋を飛び出し逃げて行った。
ふたりきりとなったその場で、冷静になり里見さんのほうを見る。露わになった胸元が目に入り俺は慌ててジャケットを脱ぎ彼女の肩にかけた。
「……大丈夫?」
「はい……ありがとう、ございます」
いつものように落ち着いた様子で言おうとするその声が震えていることに気づいて、俺の胸をぐっと締め付けた。
切なさをどう伝えていいかわからず、俺は里見さんを包むようにぎゅっと抱きしめる。
大丈夫、もう怖くない。
そして……ごめん。
それらの気持ちを伝えるように。強く強く、抱きしめた。