愛がなくても、生きていける
それから俺は、さすがにそのまま里見さんをひとりで帰す気にはなれず、タクシーで彼女の家まで送ることにした。
里見さんの家は、会社から車で30分ほどのところにあった。
新宿の街の喧騒から少し離れた、静かな住宅街。
その一角にある小さなマンションを指差し、「ここの2階なんです」とつぶやいた。
「ここで大丈夫です。わざわざありがとうございました」
「大丈夫?部屋まで送ろうか?」
「いえ、さすがにそこまでは……」
タクシーの中で里見さんはそう言いかけ、バッグから財布を取り出す。
けれどまだ手にうまく力が入らないのか、財布を落としてしまい中身が車内に散らばってしまった。
それを見て、彼女が『大丈夫』ではないのだろうと察した。
「運転手さんすみません。俺もここで降りるので精算で」
「かしこまりました。では金額が……」
支払いをする間、里見さんがなにかいいたげにしているのが隣から感じ取れたけれど、それ以上お互いなにも言わなかった。
『大丈夫?』と聞けば、彼女は『大丈夫』と答えてしまうのがわかっていたから。
もう聞かない。俺の意思で、寄り添うと決めた。
タクシーを降り、里見さんの鞄と自分の鞄を持ちながらマンションへと入る。
まだ築年数の浅そうな綺麗なマンションだ。
辺りを見回しながら彼女とともに二階へ行くと、一番奥のドアの前で里見さんが足を止めた。
「……せっかくなので、お茶でも飲んでいきませんか」
「えっ、じゃあ……お言葉に甘えて」
中まであがるつもりはなかったけれど、もしかしたら、少しでも誰かといた方が安心なのかもしれない。
そんな気持ちを想像して、俺は頷き遠慮なく家にお邪魔した。
玄関で靴を脱ぎ、短い廊下を抜けると、そこには小さなワンルームが広がっていた。
シルバーの枠組みのベッドに白いシーツとカーテン、ガラスのテーブルとライトグレーのフロアマット……。
白とグレーを基調とした、清廉な雰囲気のインテリアたちに普段の制服姿の彼女からは見ることのできない一面がうかがえた。