愛がなくても、生きていける
「いつも波風立たないように、要領よく生きるあなたが、感情のまま怒って声を上げた。そのことが、すごく嬉しかった。
だから、ありがとうございます」
さっきまで震えていた彼女が、今は俺の悲しみを拭おうと触れてくれている。
そのあたたかさに愛しさが込み上げて、俺は里見さんと額を合わせ、ゆっくりと顔を近づける。
ほんの少し見つめあってから、そっと唇を重ねた。
俺はその唇を求めて、彼女はこの唇を受け入れて、お互い自然な形のように感じた。
キスなんて、これまで何人もの相手と何度だってしてきてる。
だけど、こんなにも緊張するものだっただろうか。
全てを見透かすかのような彼女の目は、きっとこの緊張も、俺の弱さも知っている。
だから今この瞬間、この胸にある『好き』の気持ちも見透かしてほしい。感じてほしい。
抱きしめてキスをして、互いの唇がようやく離れたタイミングで、俺はふと我にかえり里見さんから両手を離した。
「……待って、ごめん。俺帰る」
「え?どうかしました?」
「どうかっていうか、なんていうか。……俺も男だから。このまま里見さんといたら、止まれなくなる」
それは、精いっぱいの自制心。
彼女に愛しさを強く感じる今、キスだけで止まれる自信などないから。
だからこそ距離を取ろうとする俺に、里見さんは俺のシャツの袖をきゅっと握る。
「……なら、止まらないで、ください」
その言葉に驚きながら彼女を見ると、俺から視線を外す里見さんは耳まで真っ赤にしている。
その様子から、今のひと言も彼女なりの精いっぱいの勇気なのだと察した。
……あぁもう、この人は。
そうやってまた不意打ちで、かわいい表情を見せるから。
こんなにも、愛おしい。
そのひと言に、自分の中で抑え込んでいたものが簡単に外れたのを感じた。
再び重ねた唇は、先ほどよりも深いキス。
息継ぎする暇も与えないほど口付けて、舌を絡めて、その体を持ち上げるとそっとベッドへと運ぶ。
「ん……」
耳を刺激するその甘い声に、理性なんて吹き飛んだ。
俺たちは恋人じゃない。俺の気持ちも伝えていなくて、彼女の気持ちもわからない。
だけど今、ふたりの間にそんな言葉は必要ない。そう、混ざり合う吐息の熱さが教えてくれる。
ネクタイもシャツも脱ぎ捨てて、彼女の首筋にキスをする。
その細い体が、ほんの少しの力で折れてしまいそうで不安になる。
初めてだ。
誰かに触れることをこんなに怖いと思うことも、大切にしたいと包むように抱くことも。
……今日は、感情に振り回されてばかりだ。
感情のまま怒り、感情のまま愛を伝えようと抱きしめる。
けどそれでいい。
繕うことも飾ることもしない、したくない。
きみの、前では。