愛がなくても、生きていける
「あれ、あの席……里見さん、は?」
「あぁ、里見さんなら退職しましたよ。つい先週でしたかね」
「え……?」
退、職?
「って、退職!?なんで!?」
あまりにも唐突なその言葉に、俺はつい後輩の肩を掴み大きな声で問いただす。
そんな俺の勢いに、後輩は驚きながら首を傾げた。
「さ、さぁ?一身上の都合としか聞いてないですけど……」
一身上の都合って……なんだよそれ。
辞めるなんてひと言も聞いてない。連絡先も知らないからだろうか。あぁ、やっぱりあの時ちゃんと連絡先交換しておくべきだった。
後悔とともに、胸には不安が押し寄せる。
なにかあったのか?急に仕事を辞めるような理由なんて……。
考えても埒があかない。幸い家の場所はなんとなく覚えているし、夜にでも行ってみよう。
俺はそう決めて、その日の夜に里見さんの住むマンションへと向かった。
三ヶ月前の記憶を頼りにやってきたマンションの2階、一番奥の角部屋。
その部屋でピンポン、ピンポンと何度かチャイムを押すけれど中から反応はない。
いないのか……?
出かけているのか、それとも。そう考えた時、隣の部屋のドアがガチャリと開けられた。
そこから姿を見せたのは、50代くらいの中年女性だ。
「あのすみません、ここの里見さんって」
「里見さんなら引越したわよ?つい先週だったかしら」
女性の明るい声で言われる『引越した』という言葉が、頭をガン、と殴りつけた。
ここもダメか……。
わずかでも期待をしていただけに、落胆を隠せない。
なにも言わず仕事を辞めて、家も引っ越した。
……それもどちらも、俺が戻る前のタイミングで。
それはつまり、俺との関係をなかったことにしようとしている気がした。
崩れ落ちそうな膝に、必死に力を込める。
そして女性にお礼を言ってその場をあとにしようとした……が、女性はそんな俺をまじまじと見て思い出したように問う。