愛がなくても、生きていける
「なに、言ってるんですか……私、黙っていなくなったのに。あなたのこと、からかってただけかもしれない。『人気者の中村さん』と親しくなって、優越感に浸ってただけかもしれないですよ」
里見さんはそう言うけれど、そんな言葉が本心ではないことは簡単にわかる。
それに、事実だとしても関係ない。
「そんなこと関係ない。俺は過ごした時間の中で、この目できみを見て、知って、惹かれた」
真っ直ぐな目で、はっきりとものを言うところ。
冷静で落ち着いていて、だけど時折見せる笑顔がかわいいところ。
強い言葉の中に、誰かのための優しさを含んでいるところ。
そんなきみを知っているから。
「どんなことをされても、なにを言われても、嫌いになれないんだ」
平日午後の静かな通りに、俺の声だけが響いた。
里見さんはこちらに背中を向けたまま、呼吸をひとつ置いてから声を発した。
「……子供が、できたんです」
「え……?」
子供って……俺との、あいだに?
そういえばあの日、事前の準備もなかったから避妊せずに行為をしてる。
……それに、仮に里見さんとの間に子供ができたとしても、責任をとるつもりはあったし。
だけど本当にできていたなんて。
俺の驚きを察するように、里見さんは言葉を続ける。
「驚きましたよね。一晩の行為でできちゃうなんて。でも安心してください。ひとりで育てるつもりですし、両親も理解してくれたのでもしものときも安心ですし。
中村さんに責任とってもらうつもりなんてないですから。迷惑は、かけません」
いつもよりやや饒舌な彼女から、その言葉を自分自身に言い聞かせようとしているように聞こえた。
あぁ、だから。
仕事を辞めて引っ越して、俺の前から姿を消した?
俺に迷惑をかけないように、責任感を押し付けないように。
「……それは、本音?」
「本音ですよ、当然」
「俺には、里見さんが自分で自分に言い聞かせてるようにしか聞こえないよ」
自分の不安を拭うように、強がっている。
そんなふうに、見えるから。