白豚王子育成計画〜もしかして私、チョロインですか?〜
「そんな彼女の代わりが君でね。公爵ともビックリしてたんだよ。思っていた以上に『普通』の子になったぞって」
「……普通ってなんですか。普通って」
そりゃあ、私は何の知識も能力の経験もない病人でしたけど。
なんて少しむくれると、エドは「そうそう、それ」と笑みを深めた。
「『リイナ』なら絶対に言わない軽口言って。『リイナ』なら絶対にしない顔をして。最初は本当に高熱の影響で記憶がおかしくなっているだけだと思い込もうとしたんだ。だけど初めて僕の顔を見て、醜い僕に思いっきり嫌悪感いっぱいの顔をした君の顔を見て、すぐにわかった。もう今までの『リイナ』はどこにもいないんだなって」
あ、バレてた……。
一応顔に出さないようにしていたつもりだったんだけど、めちゃくちゃバレてた……。
「始めは警戒もしてたんだけど……正直な所、懐柔しやすくて助かった。父上や公爵とも相談して、そのまま僕の婚約者として保護して、少しずつ色んなこと聞いていこうとしてたんだけど……いやぁ、予想以上に君が可愛くてね」
「……それ、チョロいの間違いじゃないですか?」
「えぇ? その言葉の意味がわからないなぁ?」
あ、こいつ絶対わかってる! 絶対わかってるぞ!
なんかもう嫌になってきたなぁなんて椅子に腰掛けると、エドも「よいしょ」上体を起こす。
「大丈夫なんですか? 熱は高いんでしょう?」
「グフフ。このくらい大丈夫だよ」
そう言いながらも、彼の額に触れてみれば案の定熱い。
私は嘆息して、サイドテーブルの薬を手に取る。薬包紙に粉が包まっているが、薬剤師でもあるまいし。聞いた熱冷ましということ以外にわからない。
「前に薬飲んだのは何時間くらい前ですか? 一般的に四、五時間あければ二回目飲んでも大丈夫だと思うんですけど……」
前世の経験則でそういうと、エドは私を見て目を細めた。
「そういう所だよ」
「何がですか?」
まったく私の質問に答えないエドに少し苛立ちを覚えるも、彼は私を見つめたままだった。
「君は普通に優しいよね。『リイナ』の姿をしているのに、普通に怒って、普通に照れて、普通に泣いて」
「正直、馬鹿にされているようにしか思えないのですが」
「崇高なリイナに恋をしたけど、彼女は僕という個人を全く見てくれなかった。僕が貰えなかった反応を、僕が欲しかった反応を、君が全部代わりにくれたんだ。僕だけを見て一喜一憂してくれる君には、とても感謝している。すごく楽しい日々だったよ」
それは、まるで夢のようだった――そう言うかのように。
だけど、夢はいつか覚める。それはどんな世界でも変わらない。
私の生きる世界は、漫画や小説の中ではないのだ。
「君が僕に好意を抱いてくれたこと、とても嬉しかった。だからこそ、僕は君に婚約破棄を申し出たんだ。ショウにも嫌な役回りを頼んでしまってね。彼には始めから最低限の罪しか問わないことを約束していたんだ。その代わり、一芝居に協力してもらったんだけど……でも最後の方は彼も本気だったかな。またご飯作ってやらなきゃって言ってたから」
本当に、何から何まで……。
ここまで徹底されれば、私に返せる言葉はない。
ここまで、私と別れたいのなら――――
「僕の理想を、君に押し付け続けるのは申し訳なさすぎる。君はもっとゆっくりこの世界に慣れて、普通に生活して、普通に恋をして、普通に幸せになったほうが――」
あぁ、私は振られようとしている。
彼の選んだ言葉は、あまりに綺麗すぎた。。
彼は、最後の最後まで『イケメン』すぎた。
少し前なら、大人しく頷いていたかもしれない。
だけど、私は遮った。
「――それは、あなたは私のことが嫌いということですか?」
「そんなことない! 君のことはむしろ――――だけど、僕はどうしても君に『リイナ』の理想を求めてしまう。それは君にとって辛いことでしょ?」
「お互い様じゃないですか」
「え?」
エドが目を丸くする。だけど、驚かれるのは筋違いだ。
だって私は、すでに彼の要求と同じことをしているのだから。
「私は、あなたに理想の『イケメン王子』を求めて、あなたはそれに応じてくれた。それが、今度は私の番になるだけでしょう? 私があなたの理想の『リイナ』になってみせます」
ずっと考えていた。
私は『リイナ=キャンベル』として生まれたわけではない。エドが恋い焦がれた『リイナ』ではないし、お父様が懸命に育てた『リイナ』じゃない。
でも、私はもうリイナ=キャンベルなのだ。リイナの身体の中に入った私は、もう「リイナ」と呼ばれることにすら慣れてしまった。もちろん、日本で生み育ててくれた名前もある。だけど、ここで呼ばれた「リイナ」という名前も、もう私の名前なのだ。
私はリイナ=キャンベル。
婚約者のエドワード=ランデール王子に恋した公爵令嬢。
「……普通ってなんですか。普通って」
そりゃあ、私は何の知識も能力の経験もない病人でしたけど。
なんて少しむくれると、エドは「そうそう、それ」と笑みを深めた。
「『リイナ』なら絶対に言わない軽口言って。『リイナ』なら絶対にしない顔をして。最初は本当に高熱の影響で記憶がおかしくなっているだけだと思い込もうとしたんだ。だけど初めて僕の顔を見て、醜い僕に思いっきり嫌悪感いっぱいの顔をした君の顔を見て、すぐにわかった。もう今までの『リイナ』はどこにもいないんだなって」
あ、バレてた……。
一応顔に出さないようにしていたつもりだったんだけど、めちゃくちゃバレてた……。
「始めは警戒もしてたんだけど……正直な所、懐柔しやすくて助かった。父上や公爵とも相談して、そのまま僕の婚約者として保護して、少しずつ色んなこと聞いていこうとしてたんだけど……いやぁ、予想以上に君が可愛くてね」
「……それ、チョロいの間違いじゃないですか?」
「えぇ? その言葉の意味がわからないなぁ?」
あ、こいつ絶対わかってる! 絶対わかってるぞ!
なんかもう嫌になってきたなぁなんて椅子に腰掛けると、エドも「よいしょ」上体を起こす。
「大丈夫なんですか? 熱は高いんでしょう?」
「グフフ。このくらい大丈夫だよ」
そう言いながらも、彼の額に触れてみれば案の定熱い。
私は嘆息して、サイドテーブルの薬を手に取る。薬包紙に粉が包まっているが、薬剤師でもあるまいし。聞いた熱冷ましということ以外にわからない。
「前に薬飲んだのは何時間くらい前ですか? 一般的に四、五時間あければ二回目飲んでも大丈夫だと思うんですけど……」
前世の経験則でそういうと、エドは私を見て目を細めた。
「そういう所だよ」
「何がですか?」
まったく私の質問に答えないエドに少し苛立ちを覚えるも、彼は私を見つめたままだった。
「君は普通に優しいよね。『リイナ』の姿をしているのに、普通に怒って、普通に照れて、普通に泣いて」
「正直、馬鹿にされているようにしか思えないのですが」
「崇高なリイナに恋をしたけど、彼女は僕という個人を全く見てくれなかった。僕が貰えなかった反応を、僕が欲しかった反応を、君が全部代わりにくれたんだ。僕だけを見て一喜一憂してくれる君には、とても感謝している。すごく楽しい日々だったよ」
それは、まるで夢のようだった――そう言うかのように。
だけど、夢はいつか覚める。それはどんな世界でも変わらない。
私の生きる世界は、漫画や小説の中ではないのだ。
「君が僕に好意を抱いてくれたこと、とても嬉しかった。だからこそ、僕は君に婚約破棄を申し出たんだ。ショウにも嫌な役回りを頼んでしまってね。彼には始めから最低限の罪しか問わないことを約束していたんだ。その代わり、一芝居に協力してもらったんだけど……でも最後の方は彼も本気だったかな。またご飯作ってやらなきゃって言ってたから」
本当に、何から何まで……。
ここまで徹底されれば、私に返せる言葉はない。
ここまで、私と別れたいのなら――――
「僕の理想を、君に押し付け続けるのは申し訳なさすぎる。君はもっとゆっくりこの世界に慣れて、普通に生活して、普通に恋をして、普通に幸せになったほうが――」
あぁ、私は振られようとしている。
彼の選んだ言葉は、あまりに綺麗すぎた。。
彼は、最後の最後まで『イケメン』すぎた。
少し前なら、大人しく頷いていたかもしれない。
だけど、私は遮った。
「――それは、あなたは私のことが嫌いということですか?」
「そんなことない! 君のことはむしろ――――だけど、僕はどうしても君に『リイナ』の理想を求めてしまう。それは君にとって辛いことでしょ?」
「お互い様じゃないですか」
「え?」
エドが目を丸くする。だけど、驚かれるのは筋違いだ。
だって私は、すでに彼の要求と同じことをしているのだから。
「私は、あなたに理想の『イケメン王子』を求めて、あなたはそれに応じてくれた。それが、今度は私の番になるだけでしょう? 私があなたの理想の『リイナ』になってみせます」
ずっと考えていた。
私は『リイナ=キャンベル』として生まれたわけではない。エドが恋い焦がれた『リイナ』ではないし、お父様が懸命に育てた『リイナ』じゃない。
でも、私はもうリイナ=キャンベルなのだ。リイナの身体の中に入った私は、もう「リイナ」と呼ばれることにすら慣れてしまった。もちろん、日本で生み育ててくれた名前もある。だけど、ここで呼ばれた「リイナ」という名前も、もう私の名前なのだ。
私はリイナ=キャンベル。
婚約者のエドワード=ランデール王子に恋した公爵令嬢。