先生がいてくれるなら③【完】
「歌えよ藤野ー! 待っててやったんだから!」
「先生、ごめんなさい、歌わなくて大丈夫ですからね」
立花が、歌え歌えと煩い倉林を困ったように眺めながら、申し訳なさそうにそう言った。
立花もこの場所のことを気にしているのだろう。
俺は小さくため息をついて、テーブルに放置されたリモコンを手に取った。
それにいち早く気付いた倉林が「おっ、やっと歌う気になったか!」と喚いているが、無視だ、無視。
「……1曲だけだからな」
俺はそう言い渡して、倉林からマイクを奪い取る。
スピーカーから流れてくるアコースティックギターの音が耳に心地良い。
あまり流行の曲は知らない、この曲は一度どこかの店で聴いてから少し気になっていた曲だった。
歌詞としては、年下の男が年上の女性に恋をして愛を囁き、二人が束の間愛し合うような、そんなアダルトな曲だ。
全詞英語だし、直接的な表現ではなく比喩的な表現ばかりだから、まぁなんとかなるだろ。
俺は絶対に歌わないと思っていたからだろう、立花がマイクを持つ俺を見て唖然としている。
意味ありげに微笑んで見せて、俺は歌詞が映し出されるモニターに視線を移した──。