冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 すると翔平もそれに気が付いたのか、その手をギュッと握って下ろした。

「じゃあ、ちゃんと戸締りしろよ」

「うん。じゃあね」

 わたしは翔平が階段を降りはじめると、部屋に入り鍵を閉めた。

 いとも簡単に気持ちが昔に戻ってしまう。それが怖くて仕方ない。

「好きだなんて……簡単に言わないでほしい」

 わたしは玄関の扉に背をつけたまま、天井を仰いでそう呟いた。




 わたしの目の前には一台の白い高級ミニバンが停まっている。車から降りてきたのはデニムにグレーのニットを着た翔平だ。

「ど、どうしたのこの車? この間乗っていたのと違うじゃない」

「買った」

「へ?」

「悠翔を乗せるなら広い方がいいだろ。それにスライドドアが便利だって聞いたし」

「それだけの理由で買っちゃったの? 意味わかんない」

 あまりのことに驚いてあんぐりと口を開けてしまう。

「別に俺がしたくてしたことだろ?」

 素直に喜ばないわたしに、不満顔だ。

 あ、やってしまった。わたしたちのためだったのに。

「水をさすようなこと言ってごめんなさい。悠翔ね、車大好きなんだ。あんまり乗る機会がないからきっと喜ぶと思う」

「そうか、じゃあ早速」

 ピッとリモコンを押すとスライドドアがゆっくりと開く。すると広い車内にしっかりとしたチャイルドシートも完備されていた。

「いたれりつくせりね」

 悠翔は車に興味津々で「ブーブー」と手足をばたつかせて喜んでいる。嫌がるかと思ったチャイルドシートにもおとなしく座っていた。

 わたしが悠翔の隣に座ったのを確認すると、翔平はゆっくりと車を出発させた。

 高速道路で四十分。下道に降りると海岸沿いを車が走っている。パワーウィンドウが下ろされると車内に海の香りが吹き込んできた。

 風で髪が舞い上がるのを押さえて、目を閉じて息を大きく吸い込み目を開くと、目の前には太陽の光を受けてきらきら輝く海が広がっていた。


 高くなった秋空の下、翔平に肩車された悠翔はキャッキャと声をあげてはしゃいでいる。その姿を後ろから見ているわたしの頬も自然と緩む。

 目の前にはイルカのモニュメントがあり、ゲート前は家族連れやカップルでにぎわっている。
翔平が最初のお出かけ先に選んだのは水族館だ。

 確かここ……昔、わたしが行ってみたいって言ったところなんだよね。もう覚えていないだろうけど。
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