冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 偶然だろうけれど、そんなことを思い出してぼーっとしていたらふたりに置いていかれそうになる。

「待って!」

「早くしろよ」

 振り向いた翔平に駆け寄った。

 色々と考えなくてはいけないことがある。だけど今日くらいは、難しいことは考えずに思い切り楽しむことにした。

 最初にわたしたちを出迎えてくれたのは、色とりどりの熱帯魚たちだ。ひらひらと美しいひれをゆらめかせながら水槽の中を自由に動き回っている。

 悠翔は水槽にはりつかんばかりの勢いで、夢中になって見ていた。

「へび!」

「違う、これはチンアナゴ」

「へび、かわいいね」

「だから、違うって」

 ふたりの会話がおかしくてついつい笑ってしまう。出会って一カ月と少し。会えない日もテレビ電話で必ずやり取りをしている父と子の距離は急速に縮まっている。

 それは翔平の努力のおかげだ。職業が医者というのもあるけれど、それでも独身の男性が知らないような子供に関することも調べてよく知っている。一度忙しいだろうから無理しなくていいと伝えたら、無理しているつもりはなくてやりたいからやっているだけだと言っていた。今の彼の第一優先事項は悠翔なのだろう。

 ありがたいとは思うけれど……今日だって休日がつぶれてしまっている。

 アメリカから帰ってきた翔平は、都内にある大きな病院で働いている。もちろん夜勤もあるしオペもある。だからうちに一時間だけ寄ってご飯だけ食べて仕事に向かったり、約束していても呼び出されて病院に戻ったり、見ているだけでも忙しい。

 わたしたちの存在が彼の負担になっていないのか、そればかりが気になってしまう。

 きっと聞いても『大丈夫』って言われておしまいなんだろうなぁ。

「なあ、イルカショーって何時だった?」

「え、ああ。ちょっと待ってね」

 考え事をしていたわたしは、慌てて入口でもらったパンフレットを取り出し確認する。

「あと四十分くらいかな」

「じゃあ、早めに行って席取っておこうか」

 翔平の提案に頷き、イルカショーのあるプールに向かう。すでにたくさんの観客で席は埋まっていたけれど、ちょうどいい席が取れて座る。悠翔は持ってきていたお茶やお菓子を翔平の膝の上で食べておとなしくショーのはじまりを待つことができた。

「いや、悠翔は賢いよな。ちゃんと大人の言うこと理解してる」
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