冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 助手席のドアをあけて前に乗せられた。運転席の彼といきなり距離が近くなって少し緊張する。これまでだってふたりっきりのときはあったし、後ろには悠翔がいるのに。

 わたしの緊張をよそに、翔平はサービスエリアで買ったミントガムを口の中に放り込んだ。眠気覚ましなのだろう。

「悠翔、はしゃいでたな」

「うん。水族館はじめてだったから」

「瑠衣は楽しめた?」

「え、わたし? もちろん楽しかったよ。でもどうして水族館だったの?」

 悠翔が魚に特別興味があるわけじゃない。まあ家族連れには優しいから、楽しみやすいけれど、そういう理由だろうか。

「いや、瑠衣がここに来たいって言ってただろ」

「覚えてたの!?」

 三年前、ぽろっと思いつきで口にした言葉だ。まさかそれを彼が覚えているなんて。

「まあな。だから三人で出かけるって話になって、ここが真っ先に思い浮かんだ。まあ、俺も楽しかったから。水族館なんて何年ぶりだろうな」

 運転をしながら笑みをこぼす。その横顔を見て胸が甘くうずいた。

 久しぶりの感覚に正直自分でも驚く。でもやっぱりわたしをこういう気持ちにさせるのは彼なんだと改めて思った。彼以外の人と付き合ったことだってある。だけどこんな風に行動ひとつひとつにストレートに胸を打つ人はいなかった。

 今だって、この間のチョコレートのことだって……わたしのことを考えていなければできない行動だ。彼はわたしの近くにいるときは、いつだってわたしを優先してくれて大切にしてくれる。

 まあそうじゃないと、三年前あんな関係にならなかったはず。自分の中でどれだけ翔平が特別な存在なのか気が付く。

 ――今も昔も。

 でも……今大切にしなくてはいけないのは、自分の心じゃない。悠翔だ。そう思うと小さな胸のうずきなんて無視するに限る。

 それなのに……。

 高速道路を降りた車は自宅に向かうかと思えば、微妙に道が違う。

「あれ? 帰らないの」

「いいから、まだ早いし。悠翔も気持ちよく寝てるから。車から降ろして起きたらかわいそうだろ」

 確かにそうだろう。子供は車ではよく寝るって聞く。ほとんど乗せたことがないから、悠翔がどうかはわからないけれど。

「でも翔平眠くない? 大丈夫?」

「ああ、もう目が覚めた」
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