冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 忙しいのに、いったいなにをしているの? 少しでも早く帰って体を休めればいいのに。

「そうって言いたいけど、ちょっと瑠衣に相談したいことがあって、やっぱりコーヒーもらおうか」

「相談?」

 翔平がダイニングに座ったから、結局コーヒーを淹れながら話を聞く。すぐにふたり分ドリップして向かいの席につくと、翔平が待っていたとばかりに口を開いた。

「ずっとちゃんとしておきたいって思ってたことがあって」

 真剣な様子の翔平の言葉に、わたしは頷いた。

「ご両親のことだ。俺、ちゃんと悠翔の父親だって、ご両親に挨拶に行きたい」

「それは……」

 いきなりすぎて驚いた。もちろんいつかはと思ってはいるけれど。わたしは難色を示した。まだこの先どうなるかわからないのに、という思いが強い。

「早いと思ってるかもしれないけど、そんなことない。悠翔はもう二歳だぞ。本来ならば生まれる前に挨拶に行くべきなのに、遅いくらいだ」

「それは! 事情があったからでしょ」

 あのときはわたしひとりで産み育てると決めていた。だから父親の存在を今でも誰にも明かしていない。

「でもその事情はなくなった。今俺たちはこうやって三人でいるんだ。今週の金曜日に行くから」

「え? そんないきなり? いくらなんでも早すぎるよ」

「だから、三年前の挨拶を今するなんて、遅いだろ」

 ああ言えばこう言う。言い返されてまるめ込まれて、わたしは勝てる見込みのない言い争いをやめた。

「ご両親に連絡しておいて。嫌なら、俺が直接ひとりで行くけど」

 本当にこの男ならやりかねない。わたしは諦めて不服をにじませたまま「わかったわよ」と返事をした。

 彼が玄関で靴を履き、外に出る。

「遅い時間だから気を付けてね」

「ああ。そうだ」

 階段に向かいかけた翔平が振り向いて戻ってくる。

「どうかした?」

 不思議に思ったわたしの唇に、翔平がキスをする。

「ちょっと」

 アパートの廊下でなんてことするの!?

 慌てるわたしを翔平は笑う。

「今度はもっとちゃんとしたキスしような」

「ねえ、ほんとにやめて! こんなところで」

 わたしが慌てれば慌てるほど喜ぶのはわかっている。けれど頬は熱くなってくるし、恥ずかしさに、強がっていないと耐えられない。

「ちゃんと戸締りして。また連絡する」

 手を振る翔平を見送って、わたしはしっかりと玄関の鍵を閉める。
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