冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 必死に悠翔に〝パパ〟って呼ばせようとしている。

「お前、それ絶対わざとだろ。覚悟しろ」

「きゃあははははっは」

 隙間から見ると、くすぐり攻撃を受けた悠翔が声をあげて笑っている。

 確かにわたしも〝ママ〟ってはじめて呼ばれたときうれしかったもんなぁ。翔平が必死になる気持ちもわかる。

「なあ、いつかは俺のことパパって呼んでくれよな」

 抱き上げて高い高いしながら、出てこようとするのでわたしはそっと扉の前から離れてキッチンに戻った。

 いつかは……そんな日が一日でも早くくるといいな。



 帝都病院近くのカフェ。仕事終わりに翔平と待ち合わせをしていたわたしは、突然のドタキャンに少し頬を膨らませていた。でも仕事だから仕方ない。

 飲みかけのオレンジジュースを飲み干して席を立とうとした瞬間、綺麗なハイヒールが視界に入った。顔を上げると西尾さんの姿があり身構えた。

 それは彼女が見てわかるくらい怒りをあらわにしていたからだ。

「いったいどういうことなの?」

「えっ」

 彼女の唐突な物言いは前回も同じだが、今回もなんの事を言われているのかわからない。わたしのそんな態度に、彼女はますます眉を吊り上げた。

「君島くん、研究チームから外れたわ。あなたのせいよ」

「え? そんな話聞いてない」

 わたしが立ち上がると、周りの人もわたしたちに注目した。けれどそんなこと気にしていられない。

「先週大事な会があったの、彼はそれを欠席したわ」

「先週って……」

「水曜よ」

 悠翔が熱を出した日だ。まさかそんな大事な仕事だったなんて知らなかった。もし知っていたら絶対に仕事を優先してもらったのに。あのときのわたしは自分のことに精いっぱいで、彼のことを気遣うことができなかったのだ。

 なにも知らずにわたしは喜んでいた。わたしのせいで彼のキャリアが崩れてしまった。

「……嘘よ」

「嘘なわけないでしょう。本人に確認して。あれほど彼に迷惑をかけるなって忠告したのに。ほんと疫病神ね」

 疫病神……彼に迷惑をかけることが一番嫌だったのに。

 自分の気持ちや仕事を優先して、彼が大切なものを手放したことさえ気が付かなかった。

 それってお互い支え合っているって言える?

 翔平に言われてうれしかった言葉だ。それなのに、結果がこんな風になってしまったなんて。
「早く君島くんの前から消えなさい」
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