冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
「見るなよ、カッコわりぃ」

 わたしにそう言った翔平の目にはうっすらと涙の膜が張っていた。今までに一度だってわたしが見たことのない表情だ。

 悠翔のひと言でこんなに喜んでいる彼を見て、わたしまで泣きそうになった。

 ずっと呼んでほしそうだったもんね。

 どこの家庭でも子供がはじめて『パパ、ママ』と自分たちを呼んだときの喜びは計り知れない。わたしたちのようなまだ家族をはじめたばかりの三人にとってはとても大きな出来事だ。

「では、ひまわり組のみなさん、並んでください」

 先生の声がかかって、翔平は悠翔を抱いて列に向かう。

「行ってくる。勝つぞ、悠翔。おー!」

「おー!」

 翔平の掛け声になにもわかっていない悠翔が、声を合わせた。そっくりな顔でこぶしを突き上げるふたりを見て、わたしは言いようのない幸せを感じてまた目を潤ませた。

 そしてはじまった親子障害物競争。親が手を貸しながら時には抱きかかえながら、平均台を歩いたり、網をくぐったり、風船を運んだり……。悠翔と翔平は出会ったのが数カ月前だというのは嘘だと思えるほど息がぴったりで、ぶっちぎりの一位でゴールしていた。

 直前まであんなに嫌がって泣いていたのに。やっぱりパパの力ってすごいんだな。

 ふたりの姿を見ていると、ここ最近ずっと考えていたことが正しくないのではないかと思えてきた。

 もう一度ちゃんと話をしたい。自分の意見を押し通そうとするばかりでなく、ちゃんと翔平の気持ちを聞かなくては……。

 わたしは笑顔でゴールテープを切ってうれしそうにこちらへ走ってくるふたりを見てそう思った。

「瑠衣、見てたか?」

「見てたよ、悠翔もよく頑張ったね」

 手を伸ばすとわたしの方へと移ってきた。

「足、大丈夫か?」

「うん。立ってるだけなら」

 この間の言い合いから翔平とはずっと気まずくて、ちゃんと話をしていなかった。こうやって笑顔で話ができてうれしい。

 いつまでも意地を張っていた自分の頭を心の中でぽかぽかとたたいた。

 そこに父と母がやってきた。父の手には悠翔が生まれたときに買った一眼レフがある。

「ほら、三人ならんで」

「え、いいよ」

 なんだか恥ずかしくて遠慮するわたしの肩を、翔平がぐっと抱き寄せた。そして悠翔とわたしに顔を寄せて「お願いします!」と微笑む。

 もう! 他のママたちもいるのに。
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