あまいお菓子にコルセットはいかが?
席に着いたコレットとカロリーヌの行動が気にかかり、ついにレティシアは本から顔を上げる。
目の前の二人は、控えていた侍女の淹れたお茶を飲んでいる。様式の違う茶器の使い方を質問し、飲んだ茶葉は初めての味だが、どういったものかと尋ねていた。
(この二人、ふつうに楽しみだしたわ)
今までレティシアの元に送り込まれてきた令嬢たちは、まずこの部屋とレティシアの姿を見て困惑し、すぐに侮蔑の色を瞳に浮かべていたが、目の前の二人はどうだろうか。
「まあ! カロリーヌ。このお菓子は油で揚げてあって、しかも砂糖が沢山まぶしてあるわ。なんて背徳感のある素晴らしいお菓子なのかしら」
「減量中に、なに喜んで食べているのよ。一つだけにしなさい」
一方はお菓子を頬張り恍惚とした表情を浮かべている。もう一方は先ほどから部屋を見まわし、テーブルクロスを撫でて、なにやら怪しい動きをしていた。
(――変な二人組だわ)
ジェラト公爵の紹介なので、おかしな人ではないはずだ。けれど今まで招いた令嬢の誰とも異なっていて、その反応の違いにレティシアは興味を惹かれたのだった。
「そちらの、カロリーヌさんは、何をしていらっしゃるのかしら?」
レティシアが問いかけると、二人は少し驚いて振り向いたが、気にせず何事も無かったかのように会話に参加する。
「アマンド国の布地に少々興味がありまして。思わずテーブルクロスの肌触りを確認してしまいました。見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません」
笑顔で答えるカロリーヌの瞳に侮蔑の色は窺えない。
(――少しは、マシな令嬢もいたということかしら)
侮蔑を瞳に宿すのは、レティシアを見下している証拠である。
――異国から嫁いだ後ろ盾の無い第二妃の産んだ第二王女
取り入るには旨味がなく、さらにずっとアマンド国で療養生活を送っていたので、トルテ国の既知に疎いだろうと舐めてかかってくるのだ。
その侮蔑の色が無いなら、目の前の二人はレティシアに悪い感情は持っていないといってよかった。しかし先ほど失礼な態度をとったので、悪い感情を持つのは時間の問題だろうとも思えた。
(仕方ないわ。わたくしは、どうせ受け入れてなどもらえないもの)
レティシアは、今身にまとっている服装が動きやすくて気に入っている。トルテ国の淡い色にレースやフリルやリボンをふんだんに使用したドレスも可愛らしいとは思うのだが、やはり慣れ親しんだ服を着たいのだ。
けれど、それらは周囲の侍女や兵士にも奇異の目を向けられ、国王である父からも難色を示された。最後には第二妃の母にまで諫められたのである。ならば人前に出るときだけトルテ国のドレスを着ればいいと判断したのだが、その考え方に、周囲はレティシアの王族としての資質を疑うような発言をし出したのである。
たかが服装ごときで、自分の資質まで否定されレティシアは絶望してしまう。
周囲はレティシアがどうしてそう考えるのか理由を聞いてこない。間違った行動をとるレティシアはダメで、はやく正せと、そう言い聞かせてくるのだ。
最初はレティシアも説明すれば分かってもらえるだろうと頑張ったのだが、何故か理解を得られなかった。ならば、相手にどうしてそう考えるのか聞けば、『そういうものです』としか言ってくれないので、ちっとも歩み寄らせてもらえない。
(無理だわ。わたくしには、どうすることもできない)
今さらどう取り繕えばいいのか分からず、頼れる人も見当たらない。なら好きなようにするのが一番だという結論に達した。
全てを諦めたレティシアは、その日からアマンド国の生活を城内で体現することに躍起になったのだった。
レティシアの暴挙に困った第二妃が、年頃の貴族令嬢の友達が出来れば感化されて馴染むだろうとの考えに至り、レティシアの元に送り込んでくるのだが、彼女たちもまた、見事にレティシアの逆鱗に触れたため、事態はどんどん悪くなる一方だ。
――異なるモノを理解しようともせず、もっともらしい理由で排除しようとする無知な考え方が気に入らない
レティシアの心には、いつしかそんな懐疑が宿っていった。
侮蔑の目を向けられれば、相手の存在を一切無視してやった。
レティシアを見下し、貴族令嬢として丁寧に扱われるだろうと高を括った態度を押し出す相手には、無礼に振る舞って立ち去るように仕向けたのだ。
寂しいと思わなくもなかったが、それ以上に傷つけられることを避けたかった。
目の前の令嬢たちは、侮蔑も嫌悪も持たず、ただお茶会を楽しんでいる風だった。
いつもと違う茶器の使い方に興味を示し教えを乞う。見たこともない菓子に心を躍らせ、調度品に興味を持って触っているのだ。
「へ、変だとは思わないのかしら?」
そっぽを向き、思わず聞いてしまった。
「貴重な品を拝見できて、またとない喜びを感じております」
「美味しいお菓子とお茶に出会えて、とても嬉しゅうございます」
コレットとカロリーヌの率直な感想だった。どうせ嫌われているのなら、何を言っても大丈夫だろうと踏んだ二人は、レティシアに遠慮することをやめてしまっていたのだ。もちろん、無難にやり過ごす範囲でのことではあるが。
「……」
思ってもみなかった回答に、レティシアの心の奥で小さな期待が生まれてしまう。
ただ、どうせ受け入れてもらえないだろうし、期待してまた傷つくのが怖いという考えが、その光を懸命に押さえつけるのであった。
目の前の二人は、控えていた侍女の淹れたお茶を飲んでいる。様式の違う茶器の使い方を質問し、飲んだ茶葉は初めての味だが、どういったものかと尋ねていた。
(この二人、ふつうに楽しみだしたわ)
今までレティシアの元に送り込まれてきた令嬢たちは、まずこの部屋とレティシアの姿を見て困惑し、すぐに侮蔑の色を瞳に浮かべていたが、目の前の二人はどうだろうか。
「まあ! カロリーヌ。このお菓子は油で揚げてあって、しかも砂糖が沢山まぶしてあるわ。なんて背徳感のある素晴らしいお菓子なのかしら」
「減量中に、なに喜んで食べているのよ。一つだけにしなさい」
一方はお菓子を頬張り恍惚とした表情を浮かべている。もう一方は先ほどから部屋を見まわし、テーブルクロスを撫でて、なにやら怪しい動きをしていた。
(――変な二人組だわ)
ジェラト公爵の紹介なので、おかしな人ではないはずだ。けれど今まで招いた令嬢の誰とも異なっていて、その反応の違いにレティシアは興味を惹かれたのだった。
「そちらの、カロリーヌさんは、何をしていらっしゃるのかしら?」
レティシアが問いかけると、二人は少し驚いて振り向いたが、気にせず何事も無かったかのように会話に参加する。
「アマンド国の布地に少々興味がありまして。思わずテーブルクロスの肌触りを確認してしまいました。見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません」
笑顔で答えるカロリーヌの瞳に侮蔑の色は窺えない。
(――少しは、マシな令嬢もいたということかしら)
侮蔑を瞳に宿すのは、レティシアを見下している証拠である。
――異国から嫁いだ後ろ盾の無い第二妃の産んだ第二王女
取り入るには旨味がなく、さらにずっとアマンド国で療養生活を送っていたので、トルテ国の既知に疎いだろうと舐めてかかってくるのだ。
その侮蔑の色が無いなら、目の前の二人はレティシアに悪い感情は持っていないといってよかった。しかし先ほど失礼な態度をとったので、悪い感情を持つのは時間の問題だろうとも思えた。
(仕方ないわ。わたくしは、どうせ受け入れてなどもらえないもの)
レティシアは、今身にまとっている服装が動きやすくて気に入っている。トルテ国の淡い色にレースやフリルやリボンをふんだんに使用したドレスも可愛らしいとは思うのだが、やはり慣れ親しんだ服を着たいのだ。
けれど、それらは周囲の侍女や兵士にも奇異の目を向けられ、国王である父からも難色を示された。最後には第二妃の母にまで諫められたのである。ならば人前に出るときだけトルテ国のドレスを着ればいいと判断したのだが、その考え方に、周囲はレティシアの王族としての資質を疑うような発言をし出したのである。
たかが服装ごときで、自分の資質まで否定されレティシアは絶望してしまう。
周囲はレティシアがどうしてそう考えるのか理由を聞いてこない。間違った行動をとるレティシアはダメで、はやく正せと、そう言い聞かせてくるのだ。
最初はレティシアも説明すれば分かってもらえるだろうと頑張ったのだが、何故か理解を得られなかった。ならば、相手にどうしてそう考えるのか聞けば、『そういうものです』としか言ってくれないので、ちっとも歩み寄らせてもらえない。
(無理だわ。わたくしには、どうすることもできない)
今さらどう取り繕えばいいのか分からず、頼れる人も見当たらない。なら好きなようにするのが一番だという結論に達した。
全てを諦めたレティシアは、その日からアマンド国の生活を城内で体現することに躍起になったのだった。
レティシアの暴挙に困った第二妃が、年頃の貴族令嬢の友達が出来れば感化されて馴染むだろうとの考えに至り、レティシアの元に送り込んでくるのだが、彼女たちもまた、見事にレティシアの逆鱗に触れたため、事態はどんどん悪くなる一方だ。
――異なるモノを理解しようともせず、もっともらしい理由で排除しようとする無知な考え方が気に入らない
レティシアの心には、いつしかそんな懐疑が宿っていった。
侮蔑の目を向けられれば、相手の存在を一切無視してやった。
レティシアを見下し、貴族令嬢として丁寧に扱われるだろうと高を括った態度を押し出す相手には、無礼に振る舞って立ち去るように仕向けたのだ。
寂しいと思わなくもなかったが、それ以上に傷つけられることを避けたかった。
目の前の令嬢たちは、侮蔑も嫌悪も持たず、ただお茶会を楽しんでいる風だった。
いつもと違う茶器の使い方に興味を示し教えを乞う。見たこともない菓子に心を躍らせ、調度品に興味を持って触っているのだ。
「へ、変だとは思わないのかしら?」
そっぽを向き、思わず聞いてしまった。
「貴重な品を拝見できて、またとない喜びを感じております」
「美味しいお菓子とお茶に出会えて、とても嬉しゅうございます」
コレットとカロリーヌの率直な感想だった。どうせ嫌われているのなら、何を言っても大丈夫だろうと踏んだ二人は、レティシアに遠慮することをやめてしまっていたのだ。もちろん、無難にやり過ごす範囲でのことではあるが。
「……」
思ってもみなかった回答に、レティシアの心の奥で小さな期待が生まれてしまう。
ただ、どうせ受け入れてもらえないだろうし、期待してまた傷つくのが怖いという考えが、その光を懸命に押さえつけるのであった。