あまいお菓子にコルセットはいかが?
 気まずそうにあちこちに揺らぐ定まらない目線が、レティシアの心の不安定さを物語る。

(ああ、本当に心が不安でいっぱいでいらっしゃるのね)

 心配したコレットは、少しでも気が晴れればとレティシアに、アマンド国の話をふることにした。

「レティシア様が長く住んでいらっしゃったアマンド国のお話をお聞きしてもよろしいですか? 食べ物とか、気候とか。娯楽などもトルテ国とは異なるのでしょうか?」

 その言葉に、レティシアは目を見張り、ついでアマンド国の話をぽつりぽつりとし始めた。

お菓子(ドルチェ)は、今テーブルに出しているものが、好まれているわ。焼くか油で揚げることが多いわね。アマンド国はトルテ国に比べて年中気温が高いから、日持ちするよう火を通す焼き菓子か揚げ菓子が主流なの。あと冷たいジェラートやアイスクリームは定番ね。今日は寒いから用意していないけど」

「暑い国でアイスクリームやジェラートを楽しむのは、さぞや美味でしょうね。しかも年中なんて!」

 トルテ国は、夏は涼しく冬は雪が積もる。年中涼しい気候のため冷たいものを楽しめる期間は非常に短い。
 コレットは夏に食べたジェラートやアイスクリームに思いをはせる。もう一年以上食べていないので余計に恋しかった。

「暑いから、ドレスは通気性がよい素材を使うわ。動きやすいパンツスタイルが人気なの」

 話の内容が服飾に移れば、今度はカロリーヌが会話に加わる。

「アマンド国の布地を初めて手にしたとき、とても軽くて驚きました。通気性の良さも感動した覚えがありますわ」

「トルテ国のドレスは、なんだか重たいし、最近の流行は布地を何枚も重ねるデザインばかり。わたくしそれが苦手なの」

 しゅん、とレティシアは無意識に肩を落とす。

 レティシアは虚弱体質でトルテ国では年中風邪をひき、そのせいで幼少期には体力をどんどんすり減らしていた。
 アマンド国の療養生活で体力がついたため、今では滅多に風邪をひくことはないのだが、トルテ国のドレスを一日着用すると、お国柄防寒重視で布地を大量に重ねたドレスの重量に体が悲鳴を上げ、夜には全身が疲労でガチガチに固まってしまうのだ。
 けれどそんな話も、トルテ国では『その考え方は甘えであり、慣れるのが淑女の嗜み』であると一蹴された。
 レティシアが悪いのだと、周囲はみんなそういうのだ。

「布地とは、国でそんなに異なるものなのですね」

「そうね。アマンド国の布地はいいわよ。あちらの主流は原色や濃色なのだけど、特殊な染め方をしているのか色移りがしないのよ。これはとても素晴らしいことだわ。色も美しいし、あとダンスのときにドレープが綺麗にでるのよね」

「まぁ! 素敵ね」

「コレットのドレスにも使ってあるのよ。青と白の切り替えしのドレスとか、マゼンタ色とクリーム色の切り返しのドレスがあったでしょう?」

「まぁ! そういえばあったわね」

「縦に切り返しを入れて濃淡を変えてデザインして、細く見える目の錯覚を利用したのよ。言っとくけど、他にはないこだわりの逸品なんだからね!」

 カロリーヌ渾身の作品たちは、未だお披露目の日取りすら決まっていない。
 恨めしそうな目線にコレットは思わず目をそらしたが、やはりカロリーヌのドレスは魔法がかかっているようだと密かに感激する。

「レティシア様。カロリーヌは私のドレスを作ってくれているのです。とても優秀な自慢のデザイナーなのですよ」

「手広くはやっていませんから名前は売れていないのですが、腕にはそこそこ自信がありますわ」

 レティシアの心に負った傷など、気にも留めない二人は、楽しそうに話を盛り上げる。

「……お二人は、アマンド国のドレスに興味があるのですか?」

「トルテ国とはデザインが異なりますから、上手く取り入れて新しい流行を作り出してみたいと密かに企んでおります」

「いいわね、それ。確かにキラキラのビジューを使った刺繍は見栄えがするものね」

「コレットは早く痩せて先に作ったドレスを全て舞踏会でお披露目しなさいよ。さっき揚げ菓子二つ目食べたでしょ。バレてるのよ!」

「うぅ。だって美味しいのよ。コレ」

 今日は初見で様子見のお茶会である。互いの事情に深入りはせず良い雰囲気で終わることが望ましい。
 レティシアからみたコレットとカロリーヌは、最初からそのように気を使ってくれていた。



 ―― わたくしは、もっと知りたい

 この二人なら、レティシアが望めば相手をしてくれるのではないだろうか。
 互いの違いを認め合い、理解し合えるように歩み寄ることを許してくれるだろうか。

(だって、さっきアマンド国のデザインを取り入れたドレスを流行らせたいって言っていたもの)

 他国の装飾に感化されたデザイナーが、自国で新しいデザインの参考にして、それが巡り巡って元の国で流行するという、誕生秘話を聞いたことがある。違うものを排除せず、互いに認め合った結果の先に辿り着く答えの一つであった。

(アマンド国に長く滞在したわたくしが、トルテ国に馴染むには、そういうことが必要なのよ)

 ―― わたくしには、教えを授けてくれる人が必要なの

 周囲がそうでないことを嘆いている場合ではない。
 橋渡ししてくれるような、そんな人材は奇特で、見つけたなら、そのチャンスを掴む努力をしなければならない。

 ―― だから、どうか、わたくしを受け入れて


「――カロリーヌさん、そのお話、わたくしも混ぜてくださいませ!」

 叫ぶような声に、縋るような真剣な顔は、とても茶会の雑談を楽しむ様子ではない。さすがにコレットもカロリーヌも驚き、しばしのあいだ、どうしたものかと逡巡する。

 けれどレティシアとてあとがない。このまま不貞腐れて一人で引きこもりを続けているわけにはいかないのだ。

「――レティシア様、その希望は、本気で真剣なものとして受け取ってもよろしくって?」

「か、カロリーヌ。急にどうしたの?」

「だって、私と一緒にドレスを検討するなら、ある程度専門的な知識が必要だわ。今日はあくまで初対面の様子見のお茶会。けれどレティシア様は真剣なご様子。主催者の期待に応えるなら、私は全力で回答すべきだわ。だから、どちらを好むのかお聞きしたのよ。悪い?」
 彼女らしい考え方ではあるが、相手は第二王女である。コレットはカロリーヌの袖をつかみ控えるように首を横に振った。

「いけないわ。今日は互いに初対面だもの。レティシア様が許可してくださっても、遠慮すべきよ」

「いいえ、聞きたいわ。許可するから存分にカロリーヌさんの意見を聞かせてちょうだい」

「ですって。コレットはお茶でも飲んでいて。私は今からレティシア様とドレス談議に花を咲かせるわ」

 カロリーヌの釣り目が細められ、口元がにんまりと弧を描く。どうしたって子爵令嬢など第二王女には釣り合わない。これきりの関係なので、多少無理しても咎められることはまずありえないだろう。

 この時のカロリーヌは少々意地悪なことを考えていた。第二王女がどれほど真剣なのか試してやろうと、十五歳の年下相手に自分の得意分野で、全力で相手をしようとしたのである。大人げないのは重々承知の上であった。

「では、レティシア様。まずは両国のドレスがどのように違うのか、説明いたしますね」

 その宣言の元、カロリーヌは己の持論を展開した。

 ◇◆◇◆

 コレットは、カロリーヌと出会ってから装いの全てを彼女に頼っていた。カロリーヌの持論は、理路整然としていて理由もしっかりしていた。なので相当勉強しているだろうということは知っていたつもりだった。

 そして、それはコレットの想像を軽々と超えるものであることが、いま目の前で証明され続けている。

 カロリーヌは、ドレスの違いを説明するのに使われている糸の原材料から語り出したのだ。それから染粉の原材料に染色方法。織りは縦糸と横糸の数と組み合わせによる種類を説明し、特徴別にメリットデメリットを出したうえで、用途についても洩れなく語る。その後にドレスのデザインの形から、その歴史的背景と変化についてぺらぺらとまくし立てた。

 それらを序章とし、メインは近年のアマンド国のドレスのデザインとその縫製の良し悪しの持論を展開。装飾について語るときは目が血走っているように見えた。しかもトルテ国とアマンド国の違いを比較し、他の国の話もちょいちょい混ぜている。


 もはやコレットはカロリーヌの話を理解しようとはしていなかった。ただ楽しそうに話すカロリーヌの雰囲気が伝染して、心が浮足立つのを感じて楽しむだけだ。

(ああ、私も人の話を聞かないと注意されることがあるけれど、こういう感じなのね)

 止めに入る人たちは遠慮がちなのでそのまま突っ走って大丈夫だと思い込んでいたが、確かに今のカロリーヌを力強く止めるのは躊躇われる。それに、一応楽しい気分にはさせてもらえるので、まぁいいかと流されてしまいたくなる。

(客観的にみると考え方も変わるものね。いい勉強になるわ)

 一人ごちりながら、コレットはバレないようにこっそりと揚げ菓子を摘まむ。
 そして、先ほどから話を真剣に聞き入り相槌を打って、時折発言しようと試みて撃沈するレティシアに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

(ごめんなさい、レティシア様。人とは一度こうなると止められないのです)

 お茶のお代わりを頂きながら、コレットは全てが終わるのを、ただ待ち続ける。
 けれど一向に終わる気配はなく、そのうちにレティシアが彼女のクロゼットからアマンド国のドレスを持ってこさせ、まだ仕立てていない布地も山ほど並べはじめてしまった。
 それらは、帰国時にレティシアが購入したものらしく、カロリーヌが、めったに入手できない貴重品だと奇声を発していた。
 部屋はたちまちドレスと布地の海と化す。

 流石にまずいのではと思ったコレットの斜め後ろからは、なにやら不穏な呻き声が聞こえてきた。

「うっうっ、うぅぅぅぅ」

 振り返ると、ずっと給仕してくれていた侍女がエプロンで顔を覆いながら泣いていたのだ。

「だ、大丈夫ですか?」

「ええ。レティシア様があのように楽しまれる姿をみたら、感動してしまって」

 これにより、コレットは再び全てが終わるのを待ち続けることにしたのだった。



 日も大分傾き空にちらほらと星が瞬き始めたころ、ついにレティシアの体力は尽きた。
 興奮し頭に血が上った状態なので、本人はいたって元気そうなのだが、体が悲鳴をあげていて今はソファーで横になっている。

「やりすぎよ、カロリーヌ」

「うっ。ごめんなさい。レティシア様の理解力が凄くて、ついあれもこれも話に盛り込んでしまったことは反省するわ」

「い、いいのです。だって楽しかったのですもの」

 知恵熱で目は潤るみふぅふぅと息が荒いレティシアは、見ているだけで辛そうだった。
 けれど、彼女の心は興奮冷めやらぬ状態で、もっともっと知りたいのだと叫んでいた。

「また一緒にお勉強がしたいわ。わたくしと仲良くしてくれるかしら?」

 それは、レティシアの心からの本音であった。
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