あまいお菓子にコルセットはいかが?
 とある舞踏会の会場で、フランシスとコレットは向かい合ってダンスを踊っていた。遠くでアンリが数人の令嬢に囲まれ戸惑っているのを見つけて、二人は苦笑する。

「アンリも軍では人気があるんですよ。あの容姿ですからね」

「そうなのですね、アンリはちっとも教えてくれないから知りませんでしたわ」

 一年前、ノワゼット侯爵令嬢のブランディーヌから婚約破棄を言い渡されたときは、まさかこんなにも見事に立ち直れるなどと思ってもみなかった。そう思えば、今、非常に困りながら令嬢に囲まれているアンリに対し、同情ではなく感慨深い気持ちを感じる。

 少しずつ、シルフォン家の姉弟は婚約解消の事件から抜け出しつつあった。

 年明け以降、ぽつぽつと招待状が届くようになり、そうなるとアンリとコレットの噂が多少は下火になったということになる。会場入りしても、噂好きの人々に無暗に声をかけられることはないので、安心し始めたところだった。

(私も一時はどうなるかと思ったけど、何とか立ち直れたということよね)

 これで、やっと貴族令嬢としての平穏な日常が戻ってくる。むしろ既に戻りつつあるといってよかった。
 目の前のフランシスは、公爵子息という立場のせいか北領貴族主催の舞踏会でも遭遇することが多く、彼は会うたびにコレットをダンスに誘ってくれる。おかげで壁の花にもならずに済んでいた。

「それにしても、コレットはダンスが上手ですね」

「ふふふ。昔からダンスは好きなのです。アンリも得意なので姉弟で難しい曲を練習しやすい環境にあったからかもしれませんわ」

 コレットもアンリも手足の長い体型のおかげで、踊れないという問題に直面したことがなかった。ただ、コレットは舞踏会で父親かアンリかジルベールの三人としか踊ったことはなく、他の人から誘われたことはなかったので、周囲は踊れないと思い込んでいるようではあったが。

(踊って火照った体だと、冷たいジュースが美味しいのよね。あとジェラートとか、アイスとか! アンリと二人でダンスのあとの冷たいものは最高だと語り合ったのよね)

 美味しいものを美味しく食べるための努力は、いくらでも買って出る姉弟なのであった。

「レティシア殿下とは、あれからも仲良くして頂けているようですね。ようやくお披露目の舞踏会を開くことができると、第二妃殿下が感激していましたよ」

「そうですね。よくお茶会をしています。先日私もレティシア様から招待状を頂きましたの。彼女、とても楽しみにしていましたから」

「私も参加するのでお会いできますね。第二王女殿下も一時はどうなるかと思いましたが、落ち着かれて良かった」

「きっと良い方向へ向かっていると思います」

 もはや止めることなどできないカロリーヌとレティシアを思い浮かべ、きっと先々は明るいはずだと思いたいコレットの願望(ホンネ)であった。


 踊り終わって、アンリの元へ戻っていくと彼は何やら企んでいる笑みを浮かべて近づいてきた。手に持っていた皿をコレットの前に差し出す。

「姉さん、これ美味しいよ」

 皿の上にはクリームの上にツヤのあるチェリーやイチゴの飾られた、小さなタルトがのっていた。

「……我慢できずに食べてしまったからって、私を巻き込むのはどうかと思うわ」

「本当に美味しいのに」

 見た目に惹かれて既に二つも口にしてしまったアンリは、誘惑に負けた罪悪感でいっぱいだった。
 姉も巻き込んで、気を晴らそうとしたのである。もちろん姉であるコレットはそんな(アンリ)の策などお見通しだ。

「姉さんは、どうしてそんなに自戒ができるのさ。こんなに美味しそうなお菓子(ドルチェ)を前にしたら手が出てしまうだろ」

 コレットよりも自制心が強いと自負していたアンリは、姉が誘惑に打ち勝つ姿を恨めしく思った。

「そ、それは、ドレスが入らなくなってしまったら困るからよ。私はシーズンが終わったら食べるの! そう決めているのよ」

「二人は本当に仲の良い姉弟ですね。甘いものを控えているなら、こちらをどうぞ」

 フランシスが生ハムメロンを取り分けた皿をコレットに差し出す。
 フルーツであれば大丈夫だとカロリーヌとミアに許可をもらっていたので、ありがたく受け取った。

「ありがとうございます。私はこちらを頂くわね」

「ずるい。僕も食べる」

 その言葉に反応して、コレットはフォークでひと切れメロンと生ハムを刺すと、ごく自然にアンリの口に向けたのである。
 アンリは渋い顔をし、それを見てコレットは失態を悟る。

 お菓子(ドルチェ)を二人で食べるとき、姉弟はあえて別々の種類を選びシェアしていた。その方がより美味しいものを沢山食べられるからだ。姉弟はこの考えを非常に画期的かつ素晴らしいものと称え合い、常日頃から美味しいものは二人で分け合うと誓い合っている。
 そして、幼少期からの癖で、コレットの食べているものをアンリが欲しがると、そのまま口に入れてやり、空いたフォークでアンリの皿のお菓子をキッチリ貰うという行動が、ついうっかり出てしまったのだった。

「……自分の分は、自分で取ってくるよ」

 そう言って立ち去るアンリを眺めながら、コレットは差し出したフォークを瞬時に自らの口に突っ込んだ。

「仲がよろしいのですね……二人は、もしかして、どちらかが養子だったりしますか?」

「いいえ。血を分けた姉弟です。昔からこう、食べ物を分け合っていた癖がでてしまったのですわ。お恥ずかしいところをお見せしました。ほほほほほ」

「本当に仲が良いですね。いっそ羨ま――」

「違いますよ。お菓子(ドルチェ)に限ってのことですから。美味しいものは誰かと一緒にシェアするのが、より美味しく食べられるものですから」

 コレットは誤魔化すのに必死だった。それがフランシスに対してなのか、アンリの名誉のためなのかは、良く分かっていなかったが。
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