あまいお菓子にコルセットはいかが?
 とある伯爵家が、王都の植物園を貸し切って開催したガーデンパーティに、カロリーヌとコレットの姿があった。

「悪かったわね、付き合わせちゃって。どうしても断れない顧客からの招待だったの」

「いいのよ。実は今日がシーズンはじめてのお茶会なの。全然招待状が届かないのよ。笑っちゃうわよね」

 二人は隅の目立たない席を選び、紅茶を飲みながら会場を眺めてのんびりと時間を潰していた。
 今年十五歳になる伯爵子息のお相手選びのガーデンパーティは、同い年の十五歳や十四歳の令嬢が集められた席が盛り上がりを見せている。
 主役の伯爵子息のお目当てもそこにいるらしく、他の席には一向に足を向けようとしなかった。

「十七歳の私やカロリーヌに声をかけるなんて、不思議ね」

「第二王女様の友人だから縁をつなぎたいのよ。けど伯爵子息が趣旨を理解できていないみたいね」

 義理は果たせたのでカロリーヌとしてはそれで問題なかった。

「マカロンが可愛くて美味しそうだったわ」

「砂糖とバターは避けろと何度も伝えたはずだけど? 大人しくフルーツをかじってなさい」

 お菓子(ドルチェ)にありつけないコレットには、少々残念なお茶会となってしまった。

「スコーンに無花果(イチジク)のジャムはどうかしら?」

「人の話を理解しなさいよ。まったく避けられていないじゃない」

「ふふふ。そういえばレティシア様のダンスの練習は順調?」

 レティシアはお披露目会でファーストダンスを踊るため、ただいま猛特訓中であった。

「苦戦しているみたい。アマンド国とトルテ国のダンスは曲も振り付けも全然違ったのよ。衣装も違ったわね。そうそう、練習用のドレスを突貫で四着ほど仕上げたわ。おかげで三人揃えのドレスの仕上がりが、着用日の前日までかかりそうなの」

「カロリーヌって、パワフルよね。凄い量のドレスを仕立てている気がするわ。しかもランジェリーも用意しているのよね?」

「当たり前じゃない。ドレスに合わせてランジェリーは変えるものよ。それに今シーズン一番の修羅場は、コレットのドレスを全てお直ししたときだわ」

「うっ。その節は、大変ご迷惑をお掛けしました」

「別に。どれも楽しくてやっているから平気よ」

 涼しい顔でお茶を飲むカロリーヌだが、その目の下は薄っすらと隈が見える。

「あまり無理しないでね。揃いのドレスが無くても、私は全然全くこれっぽっちも気にしないから」

「いい加減腹を括りなさい。私は絶対に仕上げるわよ」

 長年の付き合いなので話題には事欠かない。二人で居れば時間はあっという間に過ぎていった。

「ちょっと主催に挨拶してくる。ついでに帰れるように話をつけてくるわね。私は忙しいのよ」

 まったく招かれた意図を感じることのない茶会に飽きたカロリーヌが、帰る算段をつけるため席を立った。
 そのほんの少しのあいだに、コレットは年若い令嬢三人に掴まってしまった。いや、正確にはコレットの座っているテーブルに真っすぐ一直線に集まってきたのである。

「ごきげんよう、コレット様」

 歳の頃はレティシアと同じ十五歳くらいだろうか。集まった令嬢は順番に自己紹介していった。

「ごきげんよう。せっかくお声がけしてもらったのだけど、もうそろそろ帰るところなの」

「少しくらい、いいじゃありませんか。コレット様は噂ばかりが出回って、ご本人に中々お会いできないと評判なのです。折角会えたのも何かのご縁でしょうし」

(そのご縁、わたしは全く全然これっぽっちも繋ぎたくないわね)

 まさか、こんなところでジルベールとの婚約解消の真相を聞き出そうとする令嬢に掴まるとは思っていなかった。
 カロリーヌがいたら、ひと睨み効かせて追い払ってくれるが、コレットはそういった振舞いが苦手である。
 空いている席に座られ周囲を固められたコレットは逃げること叶わず、ご令嬢たちの質問を受け付けるしかなかった。

「私達、レティシア殿下のお茶会に呼ばれたのですけど、全然相手にされなかったのです。失礼ですがコレット様は、殿下とどのように仲良くなられたのですか?」

「へ? あ、ああ、そちらの話なのね」

 思ってもみなかった件を聞かれて、思わず気勢がそがれる。

「他に何かありまして?」

「いえ、そうですね、私の婚約解消の件かと……」

 うっかり正直に口を滑らせ、コレットは己の迂闊さを呪った。

「まぁ、その話は、コレット様ではなくフルール様に聞くのが面白いというものです。散々コレット様よりご自分の方が見目麗しいので選ばれたのだと周囲にお話になられていたのに、その後急に話を聞かなくなりましたのよ。ですが、それもレティシア殿下のお披露目会で霞んでしまいましたけどね」

 コロコロと笑うご令嬢は、将来立派な噂好きな婦人に成長しそうである。既に片鱗が見える。

「それで、私達できればレティシア殿下に謝罪したいのです。きっと何か粗相をしたのだと思うのですが、思い当たらなくて困ってしまっていて」

 彼女たちは、レティシアのお茶会でその機嫌の悪さにショックを受けて直ぐに退出したのだという。
 招かれた人全員がそうだったと聞いていて安心していたところに、コレットとカロリーヌが気に入られたという話が出る。
 ならば自分たちは初対面の時に何かをしたのではないかと不安になり、その日から眠れぬ夜を過ごし、日々不安で心を痛めているというのだ。

「コレット様にお会い出来たらご相談したくて。今日このガーデンパーティに参加されると聞いて、これはと思ってきたのです」

「それで、一人になった私に声をかけたのね」

「はい。まずはお披露目会で挨拶ができる程度でいいのです。どうか間をとりもっていただけないでしょうか?」

 お披露目会に参加すれば、会場でレティシアに挨拶することになる。その時にレティシアに無下な態度を取られると、嫌われているのだと周囲に広く知れ渡ってしまうのだ。それをどうしても避けたいという気持ちは、よく理解できた。

「レティシア様は帰国で戸惑うことが多かったのでしょう。今度お会いした時に伝えておきますから、お披露目会では普通に挨拶してみてください」

「ありがとうございます!」

 口々に良かったと安堵する令嬢たちは、そのままおしゃべりを続ける。

「お披露目会、楽しみになってきました。レティシア殿下のご婚約者候補の顔合わせも兼ねているので、公爵家子息の誰が選ばれるのか最近の話題はそればかり。ファーストダンスはジェラト公爵子息のフランシス様に指名が出るともっぱらの噂です」

 ファーストダンスは会場で一番高貴な男女が踊ることになる。公爵家子息の中から指名されるので、フランシスに白羽の矢が立つのは可能性としてはありえる話だった。

「でも、フランシス様は殿下よりお年が七歳も上でしょう? もう少し年齢の近い公爵子息がいたはずよ」

「そうなのよね。でも、フランシス様は元々アガット殿下の婚約者候補に入っていたという噂がありましたし、王家としては候補に加えたいのではないかしら? 女性の年齢が下なら歳の差は問題視されませんし」

「そういえば、レティシア殿下のダンスの練習相手にフランシス様が対応されているらしいわ。お兄様が言っていたもの」

「なら、ファーストダンスの相手は決まりじゃない! もしかして、その流れでお披露目会ではサプライズに婚約発表があったりするのかしら?」

「きゃー! 今から当日が楽しみね!」








「あら、可愛らしいお客様がいらっしゃるわね。私たちはそろそろ帰らせていただくのだけど?」

 戻ってきたカロリーヌの言葉に反応して、令嬢たちはそそくさと去っていく。

「遅くなってごめんなさい。なにか嫌なことでも言われてしまった?」

「いいえ。レティシア様のお茶会で追い返されたことを心配して、相談したかったのですって」

「ふーん。それだけ?」

「ええ、それだけよ。他にはなにもなかったわ」

 席を立ったコレットは、カロリーヌと一緒に帰路についた。まるで本人の言葉通り何事もなかったかのように――
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