あまいお菓子にコルセットはいかが?
「やっと会えた、コレット」

 ジルベールに話しかけられ、コレットはどうしていいか分からずに硬直した。

「話がしたかったんだ。ずっと」

「――レティシア様のファーストダンスが始まりますから、遠慮いたします」

「別に、あちらを見ながら会話をすればいいだろう? それに、移動する方が悪目立ちするよ」

 レティシアがコレットを見つけて、軽く手を振っていた。ドレスが派手なせいで、動けば否応なしに目立つだろう。
 向き合った二人が手を取れば、曲が流れてダンスが始まった。フランシスがリードし、レティシアがクルクルと回る。ポージングで拍手を鳴らし、その姿を目に焼き付けようと集中した。

「綺麗になったね、コレット。本当に別人みたいだ」

「――恐れ入ります。ですが、私達はもう婚約解消いたしましたから、そういったお話でしたら、やはり遠慮しますわ」

「つれないね。僕が本当に望んで婚約解消の書類にサインしたと思っているのかい?」

 バクバクと心臓が激しく鳴り出した。ジルベールは一体何の話をするために近づいてきたのだろうか。
 思わず隣を見上げると、悔しそうな表情の彼と目が合った。そのまま再び中央へと目線を戻すが、先ほどよりさらに心臓が早鐘を打つ。

「あの後、何度も君に一度合わせてほしいとシルフォン家に手紙を出したし、会いにも行ったんだ。門前払いされたけどね。それに君の名前が記入された婚約解消の書類を渡されて、僕がどれだけ絶望したか。しかもアンリ君とジェラト公爵家から圧がかかって、両親にも手のひらを返されて八方塞りになった。仕方なしに名前を書かされたんだよ」

(アンリに、ジェラト公爵家――?)

 アンリは、あの日のジルベールの行動を絶対に許すことはできないだろう。彼の潔癖な性格なら、あらゆる手段を講じて徹底抗戦したのだろうと思えた。

 数日で婚約解消に至った真実を知ったコレットであったが、それらは全て過去の話として彼女の中では処理された。

「――ジルベール様には、もう、フルール様がいらっしゃいますから」

「他人行儀に呼ばれると堪えるな。フルールは向こうが婚約解消したとかで次を探していたときに、同じ侯爵家だからと打診してきたんだ。両親が気乗りしただけで、僕は最初から反対だったさ」

「ですが、途中で気が変わったのでしょう? フルール様がそうおっしゃっていました。それに私の至らない点も、フルール様にお話しされたのですから」

 あの日のことを口にすれば、心の傷が反応し、重ね合わせた手に思わず力が入る。コレットがいかに女性として魅力が無くてまぬけかを、公衆の面前でこき下ろされたのだ。忘れたくても、未だに忘れられない。

「それは、君がオフシーズンに連絡が途切れがちになったから、その間に彼女が我が家に入り浸るようになって、話す機会が多くなってしまったせいだ。僕の人生は、ほとんど君との時間だったから、つい話に紛れてしまっただけだよ。その部分だけをフルールが切り取って面白おかしく話題にしたんだ。僕には、そんなつもりはなかったんだよ」

「――過ぎたことですから」

 コレットの内心は冷ややかだった。何を言われても、もう心が温まることはなかった。

「こんなに綺麗になるために、領地で努力していたなんて知らなかったんだ。教えてくれれば良かったのに」

 中央で踊るフランシスの視線が、こちらに向けられたように見えてコレットの心臓が跳ね上がる。

「そうしたら何が何でも婚約を続行するために努力した。中身も完璧で、こんなに美しい令嬢は他にいるはずがないんだ」

 思わずジルベールの顔を見上げ、その言葉が口から零れ落ちる。

「中身、完璧?」

「もちろん、コレットのように心清らかな女性はそういないよ」

 ずっと前からジルベールの気持ちは離れていて、それはきっとコレットの内面がダメなのだと思っていた。
 でも違ったのだ。どこまでジルベールの言葉を信じられるかは怪しいが、少なくとも早期の婚約解消はコレットの思っていた理由とは違っていたし、内面が理由ではないといえるだけの根拠が出揃った。

(なら、少しは私にも良いところもあるということかしら? 今日着飾ってフランシス様に気持ちをお伝えしたら、カロリーヌの言った通りチャンスに恵まれるかしら……)

 期待で胸が熱くなり、コレットは夢中でフランシスを目で追いかけた。
 もうすぐ曲が終わる。そうしたら、約束通りに話をしたいと伝えに行こう。そうして、ちゃんと気持ちを伝えよう。

(決心がついた。やっと気持ちの整理ができたわ)

 再びジルベールを見上げる。ずっと心の奥でくすぶっていた痛みは、とうに消え去っていた。
 その顔を見ても、もはや何も感じることはない。

 コレットは清々しいほどの笑顔を浮かべて、ジルベールへ最後の言葉を口にした。

「ジルベール様、婚約解消は残念でしたが、お互いに新しい道を歩みましょう。七年間素敵な思い出をありがとうございました」


 □□□

 ジルベールは、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
 コレットの笑顔に見惚れてしまい、まさか別れの挨拶をされたなど微塵も思わなかったのだ。

 その言葉を反芻し、理解すれば、困惑と憤りが体中を駆け巡る。
 ジルベールはコレットとの復縁を望んでいて、彼女もそう思ってくれているのだと信じて疑っていなかったのだ。
 たしかに酷いことをしてしまったが、一度きりの事故であり、何より婚約解消は周囲が圧をかけて進めたもので、コレットもそうされたのだと思っていた。本意ではないのだと、そう考えていたのだ。

(コレットが、僕との離別を受け入れた? 婚約して七年も共に過ごしたのに――ありえない)

 これはきっと何かの間違いで、もっと時間をかけてコレットと話をしなければならないと感じた。二人きりで、誰にも邪魔されずに話し合えばきっと伝わるはずなのだ。

 ジルベールは通りかかった給仕のところへ行き、赤ワインの入ったグラスを受け取ると、コレットの側へと戻っていく。

 次の瞬間、()()()()と手が滑り、グラスは床へと落ちていく。

 ――カシャン!

「きゃ!」
「おっとすまない。ドレスが汚れてしまったね」
< 25 / 31 >

この作品をシェア

pagetop