アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夫婦らしく・上

「アリーシャ」

 オルキデアは立ち止まると後ろを振り向く。

「はい?」
「何故、隣を歩かないんだ?」

 宝飾品店を出た直後は隣を歩いていたアリーシャだったが、いつの間にかオルキデアから数歩離れた後ろにいたのだった。

「そ、それは……」

 言いづらそうに俯く姿に、オルキデアは大きく溜め息をつく。

「すまない。歩くのが早かったな」
「いえ。そうではないんです! 物珍しくて、辺りを見ていたら、歩くのが遅くなってしまって……」

 恥ずかしそうにするアリーシャに、「いや」と返す。

「王都に出るのは初めてだったな。俺こそ、気がつかなかった」

 左手を差し出すと、薬指がキラリと光る。

「だが、そうやって歩いていたら危ないだろう。手を繋ごう」
「手、ですか? でも……」
「遠慮する必要はない。いざという時に備えて慣れておくことも大切だろう」

 ティシュトリアが来た時に、夫婦らしく見せるのに手ぐらいは繋げるようにならなければならない。
 そう思って手を差し出したが、なかなかアリーシャが取らないので、オルキデアは首を傾げる。

「どうした、手を繋ぐのが嫌か? それとも、俺が相手では嫌か?」
「いいえ! そんなことはありません!」

 下げかけた手を、慌ててアリーシャは両手を伸ばして掴んでくる。
 どちらもひんやりとした白く冷たい手であった。

「それならいいが……。それにしても君の手は冷たいな」

 もう片方の手でアリーシャの手を包むように触れると、自分の身体に向かって引き寄せる。

「昨夜はあんなに温かかったのに……」

 何とは言わなかったが、意味は通じたようだった。
 その証拠に、アリーシャはハッと顔を上げると、みるみるうちに耳まで赤くなっていたのだった。

 アリーシャは「オルキデア様も!」と、頬を赤くして、目を逸らしながら話し出す。

「身体は温かいのに手は冷たいんですね……」
「そうかもしれんな」

 アリーシャからすれば、オルキデアの手の方が冷たいらしい。

「手袋を持ってくれば良かったな。いや、そうしたら指輪がつけられないか」
「私も持って来るべきでした。セシリアさんやマルテさんが用意した洋服の中にあったのに」

 どうやら、セシリアたちはこれから来るべき冬に備えて、手袋やマフラー類も用意してくれたらしい。随分と気の利いたことだ。

「次に出掛ける時は、持って来るか」
「はい……」

 二人は顔を見合わせて笑うと、互いに手を繋いだまま歩き出す。
 やはり、オルキデアが思った通り、物珍しく歩くアリーシャはフラフラとした足取りであり、時折、道行く人とぶつかりそうになっていた。

(まあ、今までずっと軍部に居たからな)

 捕虜だったので仕方ないが、シュタルクヘルトからペルフェクトに来てからは、ずっと軍部に居たのだ。
 物珍しそうに歩いているが、今日くらいは注意しないで大目に見るか。

(その為に、手を繋いだようなものだしな)

 アリーシャの手を引いて、ぶつからないように誘導する。
 これではまるで犬の散歩のようだと、オルキデアは内心で笑ったのだった。

「あの。オルキデア様」

 アリーシャは立ち止まると、一点を指差す。

「あれは何ですか?」
「ああ。教会だな」
「あれが、教会……」

 白い外壁に三角形の青い屋根、大きな金の鐘。
 すると、カーンカーンと鐘が鳴り始めたのだった。

「何かあるんですか?」
「気になるなら見に行くか?」

 傍らのアリーシャを見つめながら提案する。

「いいんですか?」
「外から見るだけなら大丈夫だろう」

 風に乗って人々の歓声が聞こえてくる。
 それを辿るように、二人は教会に向かったのだった。
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