アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 二人が教会に行くと、丁度、教会を背景に、記念撮影の最中であった。

 結婚式の主役である新しく夫婦となった若い男女を参列者たちと思しき着飾った人たちが囲んでいた。
 そんな彼らに向けてカメラを構えた男性が立っていたのだった。

「綺麗……」

 アリーシャがそう呟く気持ちも、わからなくもない。

 夫婦はアリーシャと同い年くらいだろうか。
 白いタキシードを着た男性と、白いウエディングドレスを身に纏う女性は、とても幸せそうな笑みを浮かべていた。
 足元には淡いオレンジやピンク、白い花の花びらが播かれて、新たな夫婦の誕生を祝福していたのだった。

 そんな若い夫婦の周りには、両親と思しき年配の男女が並び、家族、友達、赤ん坊までもが、幸せそうな笑みを浮かべていたのだった。

「結婚式があったんだな」
「これが結婚式なんですね。初めて見ました」

 菫色の瞳を輝かせるアリーシャは、食い入るように記念撮影をする彼らを見ていた。

 やがて記念撮影を終えると、赤ん坊を抱いていた女性が、参列客と談笑するウエディングドレスの新婦に近寄った。
 新婦は慣れた様子で女性から赤ん坊を受け取ると、愛おしそうに胸に抱いていた。
 そんな女性を支えるように、タキシード姿の新郎が側にやってきたのだった。

「いいな……」

 不意にアリーシャが呟く。
 どこか寂し気にも見える横顔を見つめていると、またぽつりと呟いたのだった。

「みんなから祝福されて」

 アリーシャの視線の先には、幸せそうな若い夫婦と赤ん坊が居た。

「……そうだな」

 アリーシャも、オルキデアも、決して万人からその誕生を祝福された訳ではない。
 誕生したことによって、両親の関係をより複雑にしてしまったかもしれない。

 そして、この結婚も愛ではなく、目的のある結婚だ。
 一時的なものであり、いずれは別れる関係であった。
 周囲から祝福を受けるものでもない。

 ーーもし、産まれたのが俺じゃなければ。

 産まれたのがアリーシャの様な可憐な女子だったら、母は家に居たのだろうか。
 父も身体を壊すまで働かず、母も他の男との借金を作らずにラナンキュラスの家に居てくれだろうか。

 ーー考えても、キリがないな。

 全ては終わったことだ。
 父は亡くなり、母は家を出て行った。
 オルキデアにはもう何も残っていない。
 消えることがない、虚しさだけが胸中に残っただけだった。

「そろそろ行くか」
「そうですね……」

 俯きながら、来た道を戻る二人とは反対に、背後の教会からは歓声が聞こえてきた。
 何も話さず、ただ繋いだ手から伝わってくる熱だけを感じながら、二人は買い物に戻った。

 店通りまで戻って来ると、道行く人たちの談笑する声が聞こえてきた。

「これからどうしますか? 指輪はもう購入しましたが」
「屋敷で生活する上で、当面、必要になりそうなものを買うつもりだ」
「必要なものですか?」
「洋服や食料、日用品は足りるが、それ以外だな。生活する上であった方がいいものと言うべきか」

 首を傾げるアリーシャを連れて、オルキデアは道を行く。

「君は行ったことがあるか? 大概のものはなんでも揃う店に」
「なんでも……? いいえ」

 店通りも中央辺りに来ると、人が多くなった。
 友人、家族、恋人など、老若男女問わず、様々な人間が行き交っている。

「人が多いな。俺の手を離すな」
「はい」

 はぐれないようにアリーシャの手を引きながら道を誘導する。

「その、なんでも揃う店とは……?」
「食料から雑貨、飲食店まで、多種多様な店が一つの建物に集まっているそうだ。値段もバラバラで、身分問わず多くの者たちを集めている。ハルモニアから出店した店だ」

 人ごみを分けて、建物の端に寄ると、二人は立ち止まる。

「その店の名は、ミディールモール・ペルフェクト店」

 オルキデアが建物を見上げると、アリーシャもそれに習ったようだった。

「俺たちはそれを略して、百貨店と呼んでいるが」

 二人が見上げる建物は、天高くどこまでも聳え立っているように見えたのだった。
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