アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

これからも、ずっと……

 子供の様に泣きじゃくるアリーシャを抱きしめながら、オルキデアは息を吐く。

(これまで、ずっと我慢していたんだな……)

 母親が亡くなって、父親や他の兄弟姉妹とその母親たち、更には使用人からも酷い仕打ちを受けていたアリーシャ。

 何も考える余裕がないくらいに困窮していたが、ここに来て本来の明るさや性格を取り戻してきたのだろう。
 いつだって、誰かを、何かを見つめる時は、子供の様に純粋で、真っ直ぐで。
 時にその姿は眩しいくらいであった。

(これからは、彼女らしく生きて欲しい)

 この国で、父親や家に縛られることなく、自由に伸び伸びと暮らして欲しい。
 その為ならば、いくらでも力を貸そう。

 やがて、アリーシャが泣き止むと、またその手を引いて歩き出した。
 今度は謝りもしなければ、啜り泣きもしなかった。
 時折、嗚咽と鼻をすする音が聞こえてくるだけで、後は何も聞こえてこなかった。

 屋敷の裏口の扉を開けると、雷は収まったが、まだ小雨が降っていた。
 傘を撮りに戻るのも億劫だったので、なるべくアリーシャが濡れないように彼女を屋根側に歩かせながら、裏口から出てすぐの壁に設置している分電盤に向かう。

「懐中電灯を持って、足元を照らしてくれないか?」

 アリーシャに懐中電灯を渡して、近くにあった古ぼけた梯子を分電盤の下に立てかける。
 懐中電灯の光で確かめながら梯子に登ると、分電盤を照らすようにアリーシャに指示する。

「思った通りだ」

 やはり、落雷の衝撃で電気系統が落ちてしまったようだった。
 一度全ての電源を落として、もう一度、分電盤の電源を入れる。
 すると、屋敷内に明かりが灯ったのだった。

「わあ!」

 アリーシャの喜ぶ声を聞きながら梯子から降りると、元の場所に戻す。

「うちだけ消えたのか……」

 周囲の家々には煌々と明かりが灯されていた。既に復旧したのか、うちだけ電気系統が落ちたのか……。

「くちゅん!」

 考えていたオルキデアは、アリーシャのくしゃみで我に帰る。

「ああ、すまない。寒いから風邪を引くな。すぐに屋敷に戻ろう」

 小雨が降っている秋の夜は寒い。
 それなのに、オルキデアもアリーシャも、薄着で出て来てしまった。

「中に戻ったら、すぐ風呂に入って、暖かくして寝よう」

 アリーシャを促すと、二人は屋敷の中に戻る。
 部屋の前までアリーシャを送るが、オルキデアの側から離れられないようだった。
 泣きそうな顔で見上げてくるアリーシャを見ていると、胸がかき乱された。

「……今夜も一緒に寝るか?」

 こくりと頷いたアリーシャに、着替えを持って部屋までついて来るように伝える。
 着替えを用意している間、部屋の中で待たせてもらうが、アリーシャの部屋に入ったのはこれが初めてだということに気がつく。

 元々、屋敷にあった家具を利用して、マルテやセシリアたちが整えてくれたが、女子が喜びそうな色使いのカーテンや掛布も用意してくれたようだった。
 大きな姿見も綺麗に磨かれて、テーブルやソファーだけではなく、カーペットも掃除されていた。
 持ち主であるアリーシャも丁寧に扱っているのだろう。

 本棚にはこの間買った本以外にも、料理や手芸、化粧などの女子向けの本や雑誌が並んでいた。
 小説らしき本もあったが、タイトルからして若い女子向けの本のようだった。
 セシリアが読み終わった本を置いていったのだろうか。

(化粧をするなら、鏡台があった方がいいな。倉庫になかったから、どこかで買ってきて……)

 そう考えている内に、用意が終わったとアリーシャに声を掛けられる。
 部屋を出ると、オルキデアの部屋に向かったのだった。
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