アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

弁当

 翌週、休暇明けの最初の出勤日となったこの日。
 アリーシャ特製の活力がみなぎる朝食を済ませたオルキデアは、自室で久々の軍服に袖を通し、ダークブラウンの髪を軽く梳かしていた。

(こんなものか。それにしても、随分と伸びたな)

 今にも肩に触れそうなダークブラウンの毛先を弄っていると、部屋の扉が軽く叩かれる。
 扉を振り返ると、エプロン姿のアリーシャが訪ねて来たのだった。
 
「どうした?」
「あの……支度をお手伝いしようかと」

 そう言って、オルキデアから櫛を受け取ると髪を梳いてくれる。
 優しく髪に触れ、髪が痛ないように梳かす手つきに、嬉しさと呆れが半々になった。

「女じゃないんだ。そこまで丁寧にする必要はない」
「でも、柔らかくて、さらさらで、綺麗な髪なのに……」
「どうせ、近々切るんだ。気にしなくていい」
「切るなんてもったいないです! 女である私も羨む綺麗な髪なのに……」
「触り心地の良い髪質をしているお前の髪には負けるさ」

 櫛を置いて、軍服の襟元を直してくれるアリーシャの頭の後ろに腕を伸ばす。
 後ろで一つに結っていたアリーシャの髪を解くと、パサリと藤色が落ちてくる。
 一房手に取ると、そっと口づけたのだった。

「本当に柔らかな髪をしている。天上の絹にも劣らぬ手触りだ」
「もう……遅れますよ!」

 コートを羽織り、手袋をして、カバンを持つと、アリーシャと共に屋敷の門前までやって来る。
 一日の始まりである朝だけあって、屋敷の前を足早に通って、職場や学校に行く者、見送りに出ている者など大勢の人がいたのだった。

「行ってくる。なるべく早く帰る」
「お気をつけて……あの、少ししゃがんで頂いてもいいですか?」

 オルキデアが膝を屈めると、アリーシャが近づいて来る。
 つま先立ちになって、オルキデアの肩に両手を置くと、頬に口づけてきたのだった。

「行ってらっしゃいませ。お仕事、頑張って下さい!」

 目を見開いている内に、そっと唇を離したアリーシャが、顔を赤くしながら笑う。
 オルキデアは瞬きを繰り返すが、やがて笑みを浮かべたのだった。

「……ああ、行ってくる」

 お返しにと、アリーシャを抱き寄せると、その唇に口づけを落とす。
 帰宅するまで触れられない分、たっぷりアリーシャを味わうと、その艶やかな桜唇をそっと離したのだった。

「……こんなこと、セシリアさんたちはやってなかったのに……」
「やはり、あの二人の受け売りか」

 ボソッと聞こえた呟きに返すと、アリーシャは小さく頷く。

「だって、羨ましくて……」
「そうだな」
「笑わないで下さいね!」
「笑ってない」
「嘘です! 口元が笑っています!」

 アリーシャに指摘されて触れると、確かに口元は緩んでいた。
 ここまで自然に笑っているとは思わなくて、オルキデア自身も驚いた程だった。
 真っ赤になって、今にも泣き出しそうなアリーシャの頬を両手で包むと、ようやく落ち着いたようだった。
 ハッとして、オルキデアの顔を見つめ返してきたのだった。
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