アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

海とオーキッド色のお礼

初霜が降りた日の夜。
煌々と暖炉を灯した屋敷の食堂ーーアリーシャが暖炉を使ってみたいと強請ったので、オルキデアが薪を用意して火をつけた。で、二人は食後のデザートを堪能していた。

「再来週から、まとまった休暇が取れそうなんだ」

オルキデアの言葉に、食後のデザートであるプリンーーセシリアから教わったレシピで作った。を食べていたアリーシャは、顔を上げると目を輝かせた。

「わあ! また一緒に出掛けられますね」
「今回は一週間しか取れなかったがな」

オルキデアは空になったプリンのガラス容器にスプーンを入れる。
ガラス容器にスプーンがぶつかった音が、食堂内に小さく響き渡ったのだった。

「どこか行きたいところはないか?」
「行きたいところですか?」
「新婚旅行先だ」
「し、新婚旅行……ですか!?」

素っ頓狂な声を上げるアリーシャを不思議に思いつつ、オルキデアは愛妻が淹れてくれたコーヒーに口をつけると続きを話す。

「ああ。まだ行っていなかっただろう。
あまり遠くには行けないが、行きたいところがあるなら早めに教えて欲しい。旅券の手配もあるからな。どこか行きたいところはあるか?」
「え……そ、そうですね……。オルキデア様はどこがいいとかありますか?」
「俺はお前さえ居ればどこでもいい。強いて言うなら、戦争地域から遠いところがいい。お前を危険に巻き込みたくないからな」
「そうですか……」

スプーン片手に眉間に皺を寄せて悩み出したアリーシャに、「慌てて決めなくていい」と苦笑するが、愛しい新妻はおずおずと話し出したのだった。

「一応、あると言えばあるんです。行ってみたいところが……」
「ほう。どこなんだ?」
「でも、この時期に行くには寒いんじゃないかって。もっと暖かくなってからの方がいいんじゃないかな……って」

口籠るアリーシャに「遠慮なく言え」と促すと、少し悩んだ後にようやく口を開いたのだった。

「実は、留守番している時に書斎の本を読んでいて、気になった場所なんですーー」

そうしてアリーシャは、とある場所を話し出したのだったーー。

休暇の一日目。
絶え間なく波の音が聞こえてくる中、オルキデアは駐車場に車を停めると、後部座席から荷物を取り出す。

「あ、持ちますよ!」

いつになく、防寒具を着込んで手を伸ばしてきたアリーシャに、「いや、大丈夫だ」と返すと車の鍵を閉める。

「大して荷物がないからな。場所も駐車場を降りればすぐ目の前だ」

高台にある駐車場の階段を降りると、足元はコンクリートからサラサラの砂に変わる。
ザクザクと歩きながら、足元を砂に取られて歩きづらそうにしているアリーシャに手を貸すと、寒風に乗って潮の匂いが鼻先を掠める。
やがて目的の場所は、二人の目の前に大きく広がっていたのだった。

「うわぁ……!」

感嘆の声を上げると、愛妻はショートブーツで砂を巻き上げながら駆け出して行く。

「これが、海なんですね……!」
「そうだな」

波打ち際まで走っていくアリーシャに、「転ぶなよ」と声を掛けながら、オルキデアもその背を追いかける。
冬の青空の下には、新婚旅行にやってきた二人を出迎えるように、灰色の海が広がっていたのだった。
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